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第1話 「居眠り八角」のあらすじ・ネタバレ

1

東京建電の定例会議は毎週木曜日の午後2時から行われていた。

原島万二は2年前からこの会議に出席するようになったが、多少時間がずれることがあっても、別の曜日になったり、中止になったことは全くなかった。

この会議に出席していたのは、1課から5課まである営業部の課長と係長と計数担当者を合わせた約20名だった。

原島はこの定例会議が苦手だった。

営業2課の課長をしている原島が営業部の目標を達成できなかったため、北川に叱責された。

北川は営業成績に関しては常に厳しかった。

原島はノルマが厳し過ぎると思っていたが、言い訳をしても全く聞いてもらえなかった。

原島に続いて営業1課の坂戸宜彦が発表する番になった。

坂戸は原島より7つ年下の38歳で、東京建電では最年少で課長に昇進した優秀な男だった。

原島の隣にいた佐伯浩光が原島にお疲れ様でしたと言った。

佐伯は2課の課長代理で、坂戸と同期入社だった。

坂戸が発表しているときに、佐伯がテーブルの反対側を見て、原島にあれを見てくださいと言った。

そこには八角という男が腕組みをしたまま、居眠りをしていた。

その男は八角民夫という名前で、苗字はヤスミだったが、なぜかハッカクと呼ばれていた。

年齢は原島より5つ上の50歳で、ぐうたらな万年係長だった。

八角が北川を恐れていないのは2人が同期入社だったというだけでなく、北川が八角に借りがあるかららしい。

原島はそんな八角が苦手だった。

年配で態度がでかかったからだ。

坂戸は発表を続けていたが、八角は知らん顔して居眠りしていた。

坂戸の発表が終わると、北川は満足そうにこの調子で頼むと言った。

坂戸が優秀なのに対し、原島は名前の通り万年二番手だった。

2

原島は2人兄弟の次男として生まれたが、優秀な兄と比べて、全てが平凡だった。

埼玉県で2番手グループに属する神学校に入ったが、成績は中の上で、卓球部では大した成績を残せなかった。

受験勉強ではそれなりに努力したが、結局第3志望の私立大学に進学した。

原島の父は市役所に勤める役人で上昇志向の強い男で、兄は東大に進学し、旧通産省の官僚になった。

原島は父親にメーカーに入ろうと思うと言ったら、父親はまぁ頑張れよという気のない返事をした。

原島は見返してやろうと思い、就職活動で30人近い大手企業の面接を受けたが、ことごとく不採用になり、中小企業の東京建電に入った。

東京建電は大手総合電機メーカーであるソニックの子会社で、ソニックには面接で落ちたが、その子会社であれば自分のやりたいことがあると思い面接を受け、入社した。

それを父親に報告すると、父親は、精一杯頑張れば何とかなる。これからお前の人生を切り開くのはおまえ自身だと言った。

原島は後で知ったことだが、その時父親は出世競争に敗れて、課長職での据え置きを内示されていた。

原島は東京建電に入社しても、会社という組織に翻弄され続けた。

最初は経理部に配属され3年過ごしたが、畑違いの営業部に配属された。

そこで3年間新規飛び込みの営業を行い、その後電子部品関連のセクションに5年、さらに会社の都合で社内を転々とし、時間はかかったが、2年前に2課の課長に昇進した。

原島は父が言った通り自分の人生を切り開くのは自分自身だと思ったが、今まで自分の人生を切り開いてきたという実感はまるでなかった。

3

会議が終わった後、坂戸が八角にもっと真面目にやってくれないと困る、居眠りしている場合じゃないだろうと言った。

八角はそれを軽く受け流し、さっさと会議室を出て行った。

佐伯は八角の態度に呆れていた。

原島は坂戸くんの気持ちもわかると言った。

この件が、後に坂戸と八角の関係に大きな変化をもたらすことになった。

この1件があってから、坂戸は周囲に誰がいようとも、気に入らないことがあれば八角を呼び付けて叱るようになった。

しかしそれで八角の態度は変わることもなく、2人のぎくしゃくした関係が続いた。

年度末の忙しい3月が過ぎ、新年度が始まって間もない頃になり、佐伯が原島に、課長の坂戸がパワハラ委員会にかけられるらしいと言った。

原島は誰に聞いたのかと佐伯に質問すると、佐伯はロクさんですよと言った。

ロクさんとは、4課の課長をしている木村緑郎で、ずんぐりむっくりな体型で明るい性格をしていた。

八角が坂戸をパワハラ委員会に訴えたという。

原島は坂戸の八角に対する叱責は少し度を越していたような気もするが、パワハラ委員会にかけるほどのものだろうかと疑問に思った。

原島が佐伯に、次回のパワハラ委員会はいつだと聞くと、佐伯は近々臨時集会を招集して審議するらしいと話した。

4

臨時パワハラ委員会は、その翌週の火曜日の午後に開かれた。

それまでの1週間は、八角はおとなしくなり、いつもよりも早い時間に営業に出かけ、一方の坂戸も八角を叱責することもなかった。

午後3時に委員会が始まり、最初に呼ばれた八角が1時間経って戻ってきた。

そして坂戸が呼ばれ、午後には営業1課を中心とした複数の営業部員が証人として呼ばれた。

8時過ぎに審議を終えた木村が戻ってきた。

3課長の日野が木村にどうだったと尋ねると、木村が両手の指で×印を作ったので、結果がクロだと分かった。

日野は日ごろから八角を快く思っていなかったので、えらく厳しいじゃないかと言った。

原島もそう思った。

木村は、委員長を務める人事部長の河上省造が結構問題視していると言った。

今日パワハラとセクハラについては、ソニックが作ったガイドラインをすべてのグループ企業が採用することになっているので、坂野さんの行為は確実にパワハラに該当するということらしい。

日野たちの話を聞いた佐伯も納得していなかった。

原島は、誰が見ても悪いのは八角なので、坂戸が気の毒だと思った。

原島は、社長の宮野和弘には良識があるので、処分が出ても始末書が譴責くらいものだと思っていた。

だが、数日後に役員会が開かれ、坂戸の人事部付が決まったので、原島はとても驚いた。

5

原島は、森野副部長から坂戸は1課長から人事部付になると言われた。

原島は理由を聞いたが、森野副部長もよく知らないようだった。

その直後に、原島は部長秘書からの電話で役員フロアに呼ばれた。

そこで原島は北川から坂戸の後任として1課をやってもらいたいと言われた。

しかし、隣には生きたまま死んでいるような目をしている坂戸がいたので、喜べなかった。

原島は、北川が坂戸に慰めの言葉1つかけようとしなかったので冷たい男だと思った。

6

原島が帰宅すると、妻の江利子がその話を聞いて喜んだ。

原島は釈然としないと言ったが、江利子はチャンスだと言った。

俺は八角さんとうまくやっていく自信がないと言うと、江利子は、言うことが聞けないならどこかに飛ばすぞとはっきり言ってやれば良いと言った。

原島はそれこそパワハラだと思った。

7

原島は歓送迎会の夜、二次会が終わった後に、佐伯に誘われて品川駅に近いホテルのバーに行った。

そこで佐伯は坂戸をやめさせて人事部付にするという案は、北川さんが出したらしいと言った。

日野課長が役員の誰かに聞いたらしかった。

佐伯は同期入社で仲の良い坂戸が理不尽な人事で異動になったことに不満を漏らした。

その時、坂戸がドアを押して店に入ってきた。

原島は坂戸に来週の引継ぎをよろしく頼むと言った。

原島と佐伯は坂戸を慰めたが、坂戸は気持ちは嬉しいけど悪いのは俺だと言った。

原島が坂戸に北川部長と何かあったのかと尋ねると、坂戸は今の段階では申し上げられませんと言った。

原島は坂戸が人事部付といっても具体的な仕事があるわけではないので、君はこれからどうするつもりだと聞いた。

坂戸は退職させていただくことになると思いますと言った。

原島は坂戸に、役員会は君を1課長から外したが、君が会社にとって必要な人材であることに変わりは無いと言った。

しかし、坂戸は会社と言う組織では、辞めれば代わりを務める誰かが出てくるので、会社にとって必要な人間なんかいませんと言った。

8

その翌週の金曜日に、原島は坂戸との引継ぎを終えた。

原島は課長に就任して最初に15名いる課員から、1人ずつ1時間ほどの面談を行った。

ゴールデンウィーク前の4月最後の水曜日に、最後に残った八角民夫と面談を行った。

原島は、手元にある身上書に書かれた八角の経歴を見た。

最初に半導体関連セクションに配属されて4年、次に住宅設備関連の商品を扱う部署で1年、そこで実績を上げ、同期入社の中では1番に係長に昇格していた。

その時、八角は27歳だった。

しかし、それ以降の八角の評価はひどいものだった。

中でも、最初に係長として支えた課長からの評価は特にひどかった。

その課長の名は梨田元就といい、ソニック次期社長と目されている常務取締役だった。

八角によると、東京建電を立ち上げて間もない頃、梨田は東京建電に在籍し、1課で大手企業に大量に売り込んで、それが評価されて親会社に戻っていったという。

当時、東京建電は親会社のソニックから業績を伸ばせと言われており、ソニックが経営方針を変更し、多角化経営に踏み出そうとしていた。

東京建電は梨田が成長分野のテコ入れを命じられ、その中の1つが八角が担当していた住宅の設備関連だった。

梨田は、強引な訪問販売を仕掛け始め、商品を山のように売りつけた。

年金暮らしの老人にも、強引な訪問販売を行った。

梨田はその取りまとめを八角に押し付けてきた。

ある時、八角がユニットバスを売った客が自殺し、息子がやってきてあんたのせいだと言われた。

父親は買ったことを悩んでいたという。

それで、八角は梨田にこんな商売を続けることができないと言うと、梨田が八角を目の敵にして、八角は主要な仕事からすべて外されることになった。

しかし、八角は後悔はしていなかった。

八角は出世しようと思ったり、会社や上司に良いところを見せようと思わなければ、サラリーマンほど気楽な商売はないと言った。

原島は、ではなぜ坂戸をパワハラで訴えたのかと聞いた。

八角はその理由を話し始めた。

原島はその話を聞いて打ちひしがれた。

そして、八角が部屋を出て行った。

原島は、八角が坂戸をパワハラで訴え、北川が坂戸を更迭しようとし、役員会がそれを承認した理由を全て理解した。

八角が話したのは、会社組織の醜悪な舞台裏だった。

原島は、この時、お前の人生を切り拓くのはおまえ自身だという父の言葉を思い出したが、ここに切り拓くだけの人生があるのだろうかと自問した。

第2話 「ねじ六奮戦記」のあらすじ・ネタバレ

1

ねじ六は明治40年に創業し、中小の鉄鋼問屋が集まる大阪市西区にある老舗のネジ製造会社だ。

創業者は三沢六郎で、従業員10人ほどの小さい会社だったが堅実な商売をしていた。

それから約100年が経ち、父親で先代の吾郎は経営者仲間から慕われ、地元法人会の世話役を務めるほどの人物だった。

三沢逸郎は平成8年8月に五郎がゴルフ場で倒れたことを知った。

知多の海辺にある製鉄工場で仕事をしているときに妹の奈々子から電話がかかってきた。

父が倒れ、脳の血管が切れたのではないかという。

逸郎は会社の主任から行ってこいと言われ、病院に向かった。

知多から名古屋に行って、そこで新幹線に乗り、新大阪からは地下鉄を乗り継いで千里中央に行き、タクシーで病院に到着した。

そこには1歳の甥っ子を抱いている奈々子が立っていた。

逸郎の父親は既になくなっており、逸郎は父親の手を両手で握って、信じられない思いで見つめた。

逸郎と奈々子は父親の葬儀を終え、立売堀の自宅に戻った。

逸郎の父親が亡くなったことで、母親は経営している会社の運営について悩んでいた。

父親は逸郎が会社の跡継ぎをしてくれると期待していたようだ。

逸郎はそんな話を聞いたことがなかったが、この不景気に、大企業の職を捨てて中小企業の後を継いでくれとは、なかなか言い出せなかったのかもしれないと思った。

母親は自分が後を継ぐのは無理だと言った。

逸郎は村野さんはどうかと今年60歳になるベテラン社員の名前を出したが、母親はあの人が社長になっても交渉で仕事をとってくるような事はできないので、あの人は向いていないと言った。

奈々子が逸郎に社長になってほしいとほのめかした。

逸郎は、俺は一応働いていると言ったが、奈々子は今の会社で定年まで働いて、どんな意味があるのか、本当にそれでいいのかと言った。

2

逸郎はねじ工場の2階の事務所に向かった。

母親は2年前に脳梗塞になり、半年ほど前に老人ホームに移った。

奈々子は父が亡くなった2年後に離婚し、実家に戻ってきた。

逸郎が勤めていた鉄鋼会社を辞め、実家のネジ製造業を継いでから10年が経過した。

奈々子はこのままでは来月あたりに資金が足りなくなると言った。

赤字を解消するためのリストラ計画と売り上げ予想を出してほしいと銀行に言われたという。

取引銀行の融資担当者である村正は断るごとに、組織の論理ですからと口にしていた。

逸郎は30分ほどかけて数字をまとめ、奈々子に渡した。

逸郎がサラリーマンを辞めて後を継いだ頃には根拠のない自信があったが、社長に就任してから今まで1度も売り上げを伸ばすことができなかった。

逸郎は売り上げを伸ばすチャンスを逃した過去の出来事を振り返った。

3

逸郎は東京建電の坂戸から新しい規格のネジを考えているので、試作品とコストを出してほしいと頼まれた。

逸郎はこれはコンペですかと聞くと、坂戸はそうですと答えた。

来月の10日までに見積もりを出してほしい。結果はすぐにお知らせしますと坂戸は言った。

逸郎が計算してみると今月の売り上げが数百万円になることに気づき、そのコンペに参加させてもらいますと答えた。

逸郎は仕事が終わってから毎日工場で試作品を作り続けた。

逸郎が見積書を送った2日後にコンペの結果が出て、坂戸はこれでお願いしますと言った。

新規受注は順調に進むかに見えたが、生産開始直前になって坂戸が工場にやってきて、見積もりの値段をもう少し下げて欲しいと言ってきた。

あれからもっと安くできるという会社が出てきたという。

逸郎がこれ以上安くすることはできないと言うと、坂戸はそれなら発注はその会社に振ると言った。

逸郎は菜々子と話し合った結果、逸郎に任せると言うので、坂戸にこの話はなかったことにしてくださいと言って断った。

東京建電との取引がなくなり、創業以来の経営危機に見舞われることになった。

4

逸郎は新規取引先を開拓するために飛び込みの営業をして回ったが、3ヶ月たっても赤字を解消できる見込みはなかった。

奈々子が銀行に行っても全く相手にしてもらえなかった。

銀行が貸し渋っているのは赤字が原因なだけではない。

大事なのはどうすれば黒字になるかと言うことだと逸郎は思った。

逸郎は新たに九条興産という会社の調達担当者に新製品に採用するネジの見積もりを提出した。

逸郎は採用されることを期待していたが、九条の担当者である小山にコストダウンを要求され、それを受け入れられず断られてしまった。

5

逸郎は朝から取引先を回り、午後2時過ぎに会社に戻った。

八坂にある住宅関連機器メーカーや梅田の電機メーカーの調達担当者を尋ね、新規や増産の話を求めて営業したが、現在収めているネジの値段を下げてほしいと言われた。

イチローが駅から会社への道のりを歩いて会社の前に到着すると、40代半ばの冴えない男がビジネスバックと紙袋とプリントアウトした地図を持って、工場の周辺の様子を観察していた。

逸郎が男に声をかけると、男は名刺を差し出した。

そこには、東京建電営業部 営業1課課長 原島万二と記されていた。

逸郎はテーブルを挟み、奈々子と並んで原島と向かい合った。

担当替えになり、坂戸は人事部に異動したという。

原島は紙袋からネジを取り出し、そのネジを製造してほしいと言った。

増産するからではなく、発注先を変えたいということだった。

逸郎はそちらが希望する価格を出せるかどうかはわからないと言ったが、原島は御社からいただいた当時の価格で結構ですと答えた。

今発注している下請けと方針の違いがあり、急遽発注先を変更することになったので、今月から製造ラインに乗せてもらいたいと言った。

逸郎はどんな方針か気になって聞いてみたが、原島はコストと品質の問題と言った。

コンペでもないと言うので、逸郎は驚いた。

逸郎は24時間フル稼働で製造しても難しいと思ったが、やらせていただきますと言った。

6

再開した東京建電の仕事は順調に進み、業績も1段落し、従業員数も増えた。

原島は他のネジも転注したいと言っていたので、売り上げはさらに増えそうだった。

しかし、逸郎はなぜ原島がねじ六に仕事を依頼してきたのか、どうしても気になっていた。

その時、奈々子が逸郎にコピー機の下に落ちていたネジを差し出した。

そのネジは原島がやってきたときに落としていったネジのようだった。

原島はそのネジを見つめ、ネジ用の引張試験機にセットしてスイッチを入れた。

その直後にネジが折れた。

試験機は、本来そのネジが持つべき強度よりもはるかに低い強度を示していた。

この時、逸郎は原島が方針の違いとしてコストと品質をあげていた理由を理解した。

逸郎は、余計なことを考えず、目の前の仕事を忠実にこなせと自分に言いきかせて、ネジをゴミ箱に放り捨てた。

第3話 「寿退社」のあらすじ・ネタバレ

1

東京建電でOLをしている浜本優衣は、27歳の誕生日を1人で過ごしていた。

残業を終え、会社帰りに自宅近くにあるイタリアンレストランに寄り、1人でパスタを食べた。

大学を卒業してから5年が経ち、3年前から付き合っていた彼から先週別れを告げられた。

今まで積み上げてきたものが全て崩れ去り、虚しい気持ちになっていた。

東京建電に入社してから5年間、与えられた仕事をこなしたが、それは誰がやっても同じ仕事ばかりだった。

彼と付き合い始めたきっかけは会社の飲み会で席が隣になって話したことだったが、楽しかったのは最初の半年だけで、3年間で疲れ切ってしまった。

彼には妻がいた。

優衣は彼を失い、無味乾燥な生活に耐えられなくなった。

今すぐ会社を辞めて、生きていると実感できる仕事をしたいと思った。

今日、優衣は辞めたいと上司に伝えた。

2

優衣はいつものようにお店の窓際の席に座り、直属の上司である木村禄郎が慌てているのを思い出していた。

優衣は木村に辞めたいんですけどと言った。

営業4課の自席に座っていた木村は、他の営業部員がいないことを確認し、向こうで話そうと言って、フロアの奥にある応接ブースに向かった。

辞める理由を聞かれたが、不満はどこにもないですと答えた。

彼と別れた事は木村には関係がないので言いたくなかった。

OLの仕事が物足りないと言っても、どうしようもないことだった。

木村がなかなか納得してくれないので、優衣は結婚するんですと言った。

言った自分が1番驚いていた。

しかし、それを聞いた木村は、何だそうかと納得し、おめでとうと言った。

今はまだ7月なので、2ヶ月あれば新しい仕事を見つけられると思い、できたら9月いっぱいで退職させていただけませんかと言った。

中年の木村は、俺も人生をやり直したいけどそれもできないし、お前がうらやましいと言って面談を終えた。

優衣はお店でワインを飲みながら、会社にとって私は何だったのだろうと思っていた。

東京建電で5年間働いて、これは自分がやった仕事だと言えるものが何もないことに気づいた。

何か自分にできる事はないだろうかと考えたが、自分は会社では代わりのきく歯車の1つに過ぎないと思った。

ところが、夜遅く、帰宅してからかかってきた電話で、あるアイデアが浮かんだ。

3

東京建電のOLで優衣と同期入社の桜子から電話がかかってきた。

昨年まで同じ営業部に属していたが、移動で現在では人事部に配属されていた。

優衣が退職するという話は、木村からすぐ人事部に上げられたので、そこで桜子は知ったという。

桜子が結婚するという話は本当かと聞いてきたので、優衣はそう言わないと課長が引き止めそうだったからと言い訳した。

桜子はそれを聞いて呆れた。

桜子は、今は不況で、27歳で手に職がない女を雇ってくれる会社はそう簡単に見つからないと言った。

しかし、優衣はもうOLには戻らず、花屋、フードコーディネーター、インテリアデザイナーなどの考える仕事がしたいと言った。

桜子は世の中そんなに甘くないと言ったが、優衣は失敗するかもしれないが、まだ若いうちに新しい道を探して進んでいきたいと答えた。

桜子は優衣と付き合っていた男を絶対に許さないと言って怒った。

続けて、誕生日おめでとうと言った。

午後9時を回っていたが、桜子はまだ夕食をとっていなかったので優衣を食事に誘ったが、ついでに食事を済ませていたので断った。

誤った瞬間に、優衣はこの会社で最後にできる自分らしい仕事が見つかったかもしれないと思った。

4

優衣は毎月第3木曜日の夕方に定期開催されている環境会議で、その考えを発表することにした。

最後の議事に関する意見がまとまり、議長役の人事部課長代理・伊形雅也が、他に何かありませんかと言った。

優衣は挙手をし、指名されたので、みんな残業するときにお腹がすいて困っていると思うので、無人のドーナツ販売をしたいと提案した。

伊形が検討してもいいと思う人と問い掛けると、参加者の多くから手が上がったので、優衣が具体的なプランを立て、それをベースにして検討することになった。

こうして会議は終了し、優衣が退職するまでの2カ月間に行う仕事が決まった。

5

会議で無人販売を検討することが決まった翌日の会社帰りに、優衣は桜子から会社の近くのカフェに誘われた。

桜子がなんでドーナツなのと聞くと、優衣はドーナツが好きだからと答えた。

またドーナツは簡単にすぐ食べられて、ひもじい思いをしないで済むと考え、今回の提案に至ったという。

しかし桜子は、うちの会社でそんな提案をしても上からにらまれるだけでうまくいくわけないと言った。

それに対し、桜子は、会社のみんながただ上司ににらまれるのが嫌と言うだけで黙っているのなら、2ヶ月後に会社からいなくなる私がそれを実行することは意味があるはずだと反論した。

桜子が何かあてはあるのかと聞くと、優衣はどこかのドーナツ屋に頼んでみるつもりだと言った。

桜子はドーナツを売るなら、1日に何個ぐらい売れるか考えて、それにかかるコストも考えなければビジネスとして成立しないと忠告した。

さらに、桜子がケチで保守的な会社の上層部を説得し、協力してくれるお店探しをするのはそう簡単ではないと言った。

優衣は、急に桜子の知識が必要な気がしてきたので、手伝って欲しいと言った。

桜子は、1日に何個売れるかを簡単なアンケートをとってお店と交渉すれば説得力が増すと提案した。

さらに、売り切れたらすぐ補充できるように、ドーナツを売っている店はできるだけ近くで探し、大金を箱に入れるときに間違いが発生しないように、値段は均一にしたほうがいい。チェーン展開のドーナツ店は自分たちの目の届かない無人販売には協力しないだろうからやめた方が良いと提案した。

優衣が私はどうすればいいのと聞いてきたので、桜子がこの近くの個人経営のコーヒーショップやパン屋さんでドーナツを売っている店を探し、一軒ずつ当たってみるといいと言った。

優衣は早速やってみることにした。

6

優衣はたまに利用する会社の近くにあるベーカリーの店長と交渉したが、売れ残っても買い取ってくれないということが理由で断られた。

それから数日して、優衣は会社帰りに桜子と食事に行き、何軒か回ったが良い返事がもらえなかったと言った。

桜子がもうやめるのかと聞くと、優衣はあきらめないと答えた。

優衣はドーナツ屋さんはまだ決まっていないけど、とりあえず企画書は出してみると言った。

7

優衣は桜子が添削してくれた企画書を伊形に提出した。

50人くらいから集めたアンケート調査を添えており、結果は東京建電の社員の多くがドーナツ販売を必要としているものだったので、伊形はこの企画書を関係部署に回しておくから、その間に君はドーナツ販売が可能な業者を探してみてくれと言った。

桜子は簡単な夕食をとりながら今後のことを話し合おうと、優衣を丸の内のカフェに誘った。

桜子は経理部をクリアしなければ、この企画は絶対に実現しないと言った。

優衣がどうすればいい?と尋ねると、桜子は一刻も早くドーナツ屋さんを探し、人件費がかかると文句を言われたら、あなたがそれを論破する必要があると説明した。

どうやって論破するかを考えるのが優衣の仕事だと言われ、優衣はその通りだと思い、ドーナツの無人販売に協力してくれる業者を早く見つけて、企画を固めようと決意した。

8

優衣が仕事を終えて会社を出ると、道端にパンの絵が描かれている古いフォルクスワーゲンが止まっていた。

運転席から男が降りてきて後部のハッチバックを開けると、そこには何種類かのパンが並んでいた。

優衣はドーナツはありませんか?と聞いたが、男は売り切れたと言った。

いつもは向こうの通りでやっているが、今日は工事中なのでこちらに移動してきたという。

優衣は東京建電が入居しているビルを指差して、あのビルにある会社にいると言い、名刺を差し出した。

優衣が車内でドーナツの無人販売をやろうと企画しているのですが興味は無いですか?と聞くと、男は興味を示し名刺を差し出した。

そこには、「ベーカリー三雲 三雲英太」と記されていた。

英太は、ワゴン車に自分で焼いたパンをのせて、この辺のオフィス街でルート販売をしていると言った。

優衣は英太と近くのビルにあるカフェで、7時半に待ち合わせすることにした。

優衣が先に到着し、約束の時間を少し過ぎた頃に英太がやってきた。

そこで英太は、1日30個ぐらい売れるのならやってもいいと言った。

優衣はぜひお願いしますと答えた。

英太は実際にドーナツを販売するシミュレーションもしながら、優衣の企画書通りに実現できるかを考え始めた。

9

優衣はお昼を一緒に食べようと誘ってきた桜子に、脱サラで移動ベーカリーをやっている英太のことを話した。

優衣は桜子に、英太がパンを降り始めて1年が経ち、そろそろ事業を拡大しようと考えていたらしいと説明した。

桜子はどんな企画にするのかと聞いた。

優衣は、ドーナツは1個150円を予定していたが、200円にして、そのかわり種類を増やしてくれると説明した。桜子はそれを聞いて、優衣にしては上出来だ、これで正式な企画書が書けるでしょうと言った。

10

優衣はその数日後、初めて英太のドーナツを食べた。

その翌日に、優衣が企画書をまとめ、人事部の伊形に提出した。

桜子が優衣に、企画書が役員会議に上がる前に経理部のチェックに回ると連絡してきた。

優衣はその日の午後に経理部に呼ばれ、ミーティングブースで待っていると、経理課長の加茂田久司と課長代理の新田雄介が入ってきた。

新田は優衣の元不倫相手だった。

優衣が英太について説明すると、新田は脱サラしてパン屋になりたてというのがビジネス的に1番危ないし、突然雲隠れすることにもなりかねないと言った。

優衣は激怒し、あなたはそんな誠実な人なのかと言い放った。

新田は驚いて何も言えなくなった。

11

優衣と桜子は会社の近くにあるイタリアンの店にいた。

新田は、いつか妻と別れて優衣と結婚するつもりだと3年間言い続けていた。

桜子は、新田がいろいろな理由で引き伸ばしていたが、言い訳ができなくなり、優衣を捨てたやつだと言って怒った。

優衣はそうかもしれないと言った。

桜子は企画のほうはどうなのかと聞いてきた。

優衣は正直に望み薄かもしれないと言った。

桜子は優衣にしてはよく頑張ったと言ったが、優衣はあきらめないと答えた。

12

副社長の村西京介はドーナツを差し出されて少し驚いた。

秘書は浜本さんがおいしいドーナツの無人販売コーナー設置のキャンペンをしていると説明した。

西村は興味を示し、企画書はどこにある?と言った。

秘書が調べてみますと言うと、村西はこのドーナツを家族に買って帰りたいのでどこに売っているかも聞いておいてもらいたいと言った。

13

優衣が提出した企画書が役員会議で決済され、提案してから3週間後に無人販売機のドーナツが3階の廊下に設置された。

初日に50個置いておいたドーナツはすぐに完売した。

9月半ばに送別会を終えたとき、新田から電話がかかってきた。

新田は会いたいと言って優衣を誘ってきた。

桜子にそれを話すと、絶対に行ったらだめだと言われた。

その数分後にメールが送られてきて、そこには学芸大学駅前のいつものバーで待っていますと書かれていた。

優衣はその電話をもらって2時間後にその店に行った。

新田は優衣にごめんと謝り、もう一度俺と付き合って欲しいと言った。

優衣は少し考えさせてと言って店を出た。

14

優衣は英太と打ち合わせをした。

英太は毎日1万円位の売り上げが上がっているが、少し問題も出てきた。月の下旬の繁忙日や雨の日は少し売り上げが増えるので、少し多めに置こうと言った。

優衣は問題とは何かと聞いた。

英太は売れた数と実際の売り上げが合わないと答えた。

優衣は社内の一斉メールで、きちんとお金を払うように言ってみると言った。

英太は毎週水曜日は、必ず大金が足りないと答えた。

優衣と桜子は水曜日の午後6時過ぎに廊下の端にある倉庫内に隠れて監視していた。

ドーナツの代金未払いの犯人を捕まえるためだ。

優衣は自分にできる事は犯人を見つけることだけだと思っていた。

優衣は新田のことを思い出した。

自分でどうすべきか分からなくなっていた。

優衣は桜子にこれからどうするの?と聞かれ、しばらく時間があるので、三雲さんのベーカリーを手伝おうかなと言った。

そんな時、男がやってきてプラスチックケースの中にあるドーナツを取り出し、大金を払わないまま立ち去っていった。

その男は新田だった。

優衣は新田の前に立ち止まり、今お金を払わなかったよねと言った。

新田は、誤解だ。お金を持ってくるのを忘れていた。後で払おうと思ったんだと言い訳した。

優衣はそれを嘘だと見抜き、会社にこのことや私とのことを話そうか?と言った。

新田は、それだけは勘弁してくれと謝ったが、優衣は、もう二度と私の前に現れないでと言って立ち去った。

優衣は新しい人生を切り開くためには何かをしなければならないことに改めて気づき、もう過去は振り返らないと決心した。

第4話 「経理屋稼業」のあらすじ・ネタバレ

1

加茂田は係数会議で、原島万二に計画より7千万円も下回っていると指摘した。

原島は三河鉄道で見込んでいた発注が来月以降にずれ込んだと言い訳した。

もともと東京建電は営業が強く、経理部は存在感が低かったが、加茂田が過剰になり、係数会議を仕切るようになってから一目置かれるほどの存在になった。

係数会議とは、毎月計上される売り上げや経費等の数字が決まる重要な会議だ。

加茂田はこの会議で専制君主そのものだったので、嫌われており、新田も加茂田のことを嫌っていた。

加茂田はこの日も自分流を貫き通し、新田に今日の資料をまとめておいてくれと言って、午後6時過ぎに帰っていった。

新田が営業1課が提出してきた資料を眺めていると、利益率が変化していることに気づき、課長が変わるとこんなに違うものかと疑問に思った。

新規仕入先リストには、かつて付き合いのあった「ねじ六」があった。

新田は、コストを削減するために坂戸がねじ六を切り捨てたはずなのに、原島が復活させたことに首をかしげた。

その理由を探ろうと、新田は内線電話で1課長の原島に電話をかけた。

原島は、こっちは忙しいから、くだらないこと置いて来ないでくれと言って、一方的に電話を切った。

2

新田は小田急線経堂駅から徒歩15分の分譲マンションに住んでいた。

新田は中堅私大を出て、なんとなく東京建電に新卒で入社した。

大学時代に同じ同好会にいた1歳下の同窓生と27歳のときに結婚し、4歳になる娘が1人いる。

しかし、新田はずっと妻の美貴に不満を持っていた。

妻は何かと口うるさい存在だったのだ。

新田はちょっとしたことで浮気を疑われ、それが発覚する前に優衣と別れた。

新田の行動は自分勝手と捉えられてもおかしくはなかったが、それ以上に問題なのは、新田自身が自分の身勝手さに気づいていないことだった。

いつも自分が正しくて、悪いのは相手の方だと思っていた。

3

新田は加茂田に昨日営業1課が提出した新規仕入先リストを見せた。

加茂田は内線で原島に電話をかけた。

加茂田は原島に、新田が昨日指摘した件で説明してもらいたいので来てくれませんか?
と言ったら、用事があるなら来いと言われ、原島のいる営業1課に向かった。

加茂田は仕入先変更で数百万円のコスト高になっている理由を聞こうとしたが、原島は答えようとしなかった。

加茂田が目標達成していないから言っているんだと言うと、原島は役員会にでも報告したらどうだと吐き捨てた。

加茂田がこの事は上に報告させてもらうと言うと、原島はお好きなようにと言って、さっさと席を立った。

加茂田は経理課のフロアに戻り、経理部長の飯山孝実と部長室に20分ほどこもった。

加茂田は新田に、部長から役員会に上げてもらうことになったと言った。

新田はその前に営業部長の北川さんに言っておいた方が良いのではないかと言ったが、加茂田は直接会議にあげるからいいじゃないかと言った。

加茂田の狙いは、北川部長に役員会で赤っ恥を掻いてもらい、北川に原島を処分してもらうことだったのだ。

新田は、上司たちの腹黒さに感心し、興奮した。

4

飯山と加茂田は役員会に参加するため、会議室に向かった。

2人の上司が戻ってきて、新田は加茂田にどうでした?と聞いたが、加茂田は社長から、原島に任せたんだからそれでいいと言われたと言った。

新田はコスト高の件について納得していなかったが、加茂田は社長がそういうんだから仕方がない。この件については金輪際黙っていろと言った。

新田は昼食に出たときに、同期入社で営業2課に所属し、最近まで原島の下にいた村下啓士に誘われ、会社の近くにあるうどん屋に入った。

新田は原島課長は社長から全面的に信頼されているのかと聞いたが、村下はそれはないだろうと言った。

新田はコスト高の件で仕入先リストを村下に見せると、村下はあの仕入先の件は1課の中でも謎らしいと言った。

村下は、俺にとってはよその課の話なので、気になるならお前が調べてみろと言った。

新田は、ある程度の事実を掴んだら課長に報告することにしたが、そのために何をすべきかわかっていた。

5

その翌週に、新田は営業2課の村下のところに行った。

新田は村下に、仕入先を変更したという事は、注文を引き上げられた会社があったはずなので、それを調べてほしいと頼んだ。

村下は1課の梶本から話を聞き出した。

それによると、原島課長が転注したのはトーメイテックに出していた部材だという。

その会社は大手メーカーにいた部長が独立して作った会社で、短期間で急成長した会社だった。

新田はトーメイテックに信用不安があったので調達先を変えたのではないか、あるいは発注先と原島課長が癒着していたのではないか、という疑いを持った。

新田は、信用不安があれば、新田が指摘したときに説明すれば済むことなのに、原島がそれをしなかったのは、原島が何かを隠しているのではないかと思った。

6

新田は午後3時過ぎになって、トーメイテックという会社の決算書を確認した。

この決算書は、同社から提出された決算書だった。

去年までの3年分の決算書があり、どの年も業績は好調だった。

トーメイテックの売り上げの10%近くを東京建電が占めていたので、原島が転注をしたことで、大きなダメージを受けていたはずだ。

なぜ原島がコスト高になるのに、トーメイから転することにしたのかを調べるため、新田は人事部に行き、顔見知りの伊形に坂戸さんに合わせて欲しいと言った。

しかし、伊形は坂戸が休暇扱いになっており、自分たちは一切接触してはいけないことになっていると言った。

新田は、坂戸をパワハラ委員会に訴えたのが八角なので、八角に会うことにした。

7

新田は八角と接触するきっかけがなかったが、翌週になり、八角が新橋の店で7万円の額を支払った接待交際費の領収証を回してきたので、事情を聞くために八角のもとへ向かった。

それをきっかけに、トーメイテックの件を聞き出そうとし、坂戸さんが社内に公表できない癒着があったために、あなたがパワハラ委員会に訴えるという形をとって、課長を島原さんに交代させ、普通ではありえない転注がなされたのではないかと聞いた。

八角が何のことかさっぱりわからないと言ったので、新田はトーメイテックに聞いてみようかなと言った。

八角が勝手にしろと言ったので、新田は八角の態度に腹が立ち、八角たちをつぶしてやろうと思った。

8

新田は東京建電と取引のある白水銀行横浜支店に向かった。

そこで運転資金の1部を調達し、午後2時過ぎに電車とタクシーを利用し、トーメイテックに向かった。

新田はトーメイテック社長の江木に会い、最新の決算書をいただきたいと言った。

その際に、新田は江木社長に今後も東京建電と永久に取引がないのでしょうかと聞くと、江木は多分ないでしょうと答えた。

新田がその理由を聞き出そうとしたが、江木は警戒し答えようとしなかった。

新田が事務所を出て出口に向かう時、入り口に1台のタクシーが入ってきた。

タクシーから降りてきたのは原島だった。

原島はこんなところで何をやっていると言ったので、新田は近くの銀行に来たついでだと答えた。

新田は取引がなくなったのになぜ原島がこんなところに来ているのかと疑問に思った。

9

新田が夕方ごろに会社に戻ると、加茂田が新田を呼び止めて、トーメイテックに行ったことを叱責した。

営業部からクレームが来て、飯田部長もご立腹だと言った。

新田は謝罪の言葉を述べながらも、加茂田に対する怒りがこみ上げてきた。

10

帰りの電車の中で、新田はどうやって加茂田に仕返ししてやろうかということばかり考えていた。

新田は経堂駅で下車するときにドアの近くにいるサラリーマンを手で押しのけて外に出たため、口論になり、殴られたので、携帯電話を取り出して警察に通報した。

警察が来て事情を説明し、警察の事情聴取を受け、被害届けを出したあと解放された。

妻の美貴に事情を説明したが、押しのけたのが悪いと言われ、口論になった。

美貴があんたなんかと結婚しなければ良かったと言い、新田もおれもだと言った。

11

新田は部長の飯山に呼ばれ、まだ正式な事例はないが、君は大阪行きになると通告された。

大阪では営業をやってもらうと言われた。

新田は経理セクションがなかった大阪に経理部ができて、そこに抜擢されると思っていた。

しかし、飯山は新田に、経理は信頼に値する人材がやるべきで、不倫という不適切な関係を持った者など解雇したい位だと吐き捨てられた。

新田は美貴に会社からメールで大阪への辞令が出たことを知らせたが、帰宅すると、私は大阪には行かないと言った。

翌週水曜日に大阪行きの事例が出て、大阪に行ったが、3ヶ月後に妻と別れた。

第5話 「社内政治家」のあらすじ・ネタバレ

1

2年前、佐野健一郎は営業部次長だったが、今は東京建電のカスタマー室に左遷され、室長を務めていた。

佐野は都内の私立大学を卒業後、家電販売会社で成績を上げ、東京建電に転職し、2年前まで好成績を上げる営業マンだった。

佐野は、営業成績が振るわないのは佐野が無能だからだと北川が役員会で報告したために自分が左遷されたということを製造部長の稲葉要から知らされた。

稲葉と佐野は北川に不満を持っていたので、意気投合し、同盟関係が生まれた。

佐野は稲葉とひと月に1度位の割合で飲みに行っていた。

2年前の7月、佐野は稲葉からオコゼを食わせる店に誘われた。

食事を終えて、その店を出たときに、佐野は突然腕を掴まれた。

その相手は北側だった。

その半月後に、佐野はカスタマー室へ左遷された。

2

佐野は、部下の小西太郎がクレーム処理にもたついていたので、時間をかけすぎだと注意した。

もう1人の部下である仁科理美が作成したリストが満足のいくものではなかったので、ダメ出しした。

佐野は出来の悪い2人の部下を抱えてうんざりしていた。

3

毎月5日にカスタマーレポートを発行することになっており、連絡会議で報告すべきクレームを選別することになっていた。

多数のクレームが寄せられていたが、その中に営業の人間のマナーが悪いというクレームがあった。

悪徳商法まがいの勧誘をしていたが、営業部が黙認しているようだった。

佐野はそれをレポートにして発表すると、自分が営業部次長としてやってきたことが優れていたことの証明になると思い、小西にそのレポートをまとめるよう指示した。

4

連絡会議の執行役で執行委員の熊谷が、カスタマー室から発表願えますかと言ったので、佐野は、カスタマー室に寄せられたクレームの中でも、特に営業態度に関するものが増加しているので、改善点として報告すると発表した。

さらに、製品に関する苦情について、想定外の使用法による不慮の事故が起きる可能性があることを、製造企画段階で考慮してもらいたいということも付け加えた。

北川営業部長は、クレームが数件寄せられたからといって、営業態度を改めろなんていう話があるかと言って抗議した。

宮野社長も北川君の言う通りだと言った。

次に、製造部長の稲葉が、製造企画の段階で、そのような事まで勘案するのは無理があると発表した。

宮野社長は、この件については、各部に持ち帰って指摘事項を見直してもらいたいと言った。

佐野は、自分の出世や保身のために佐野を利用し、会社で幅をきかせている北川と稲葉に復讐してやりたいと思った。

佐野は会議が終了してからすぐにカスタマー室に戻った。

この数日の間に追加された新たなクレームを確認していると、椅子の座面を留めたネジが破損したというクレームがあった。

このクレームは都内の団体職員から届いたものだった。

5

このクレームを送ってきたのは渋谷にある電子部品の業界団体で、社団法人アジア交流開発協会の森島という人物だった。

今日の午後2時にアポを入れ、佐野はその団体がある渋谷に向かった。

森島は椅子のネジ度目がある場所でボルトが折れているのを指摘した。

森島によると、研修中に発言を終えた人がかけた途端にひっくり返ったという。

その椅子に腰かけたのが体重100キロを超える男性だったらしいが、本来その程度の負荷で壊れるような椅子ではなかった。

佐野は森島に謝罪し、すぐに会社に戻った。

壊れた椅子の製造年月日を小西に調べさせたところ、製造されたのは2年前の2月で、製造されたのは高崎工場だった。

商品企画部で折りたたみ椅子を担当している奈倉にクレームがあった壊れた椅子を見せると、設計上の理由で壊れた事はありえない。設計の問題がなければ、素材に問題があるのではないかと言った。

佐野がどういうことかと聞くと、座面に使われているスチールの合成かネジの強度に問題があるのではないかと言うので、製造部門には内緒で調べてほしいと頼んだ。

佐野はクレームの原因を徹底的に追求し、責任の所在を明らかにすることで、先日の役員会で赤っ恥をかかされた復讐ができると確信した。

6

佐野は部下の2人とカスタマーレポートを作成し直すための編集会議をした。

過去3年の折りたたみ椅子に関するクレームのうち、座面が外れたクレームが7件あった。

その3日後、奈倉から調査結果の説明があった。

いろいろ調べた結果、破断したのは、ネジの強度不足が原因だった。

つまり、企画に合致していないものが混在していたのだ。

奈倉は、強度不足が認められる日は3年位前から最近までに集中しているので、製造元が変わったということも考えられると言った。

7

佐野はカスタマー室で編集会議を開いた。

問題となっている折りたたみ椅子のラクーンが製造され始めたのは今から10年前だったが、ネジの破損に関するクレームが出始めたのは3年前からで、それ以前には見当たらなかった。

ラクーンが製造開始された頃は企画通りだったが、何らかの理由で3年前から強度不足のネジに変わったと考えられた。

必要な部材を仕入れてくるのは営業部の仕事だったので、小西が営業部の担当を調べたところ、原島課長だと分かった。

佐野は北川にこちらの動きを悟られたくなかったので、課長の原島ではなく、係長の八角にあたってみることにした。

その日の午後4時に、佐野は営業部に向かった。

佐野はクレームをプリントアウトした書類を八角に見せて、ラクーンという椅子に使われているネジの製造元を教えて欲しいと言った。

八角は知らないと言った。

佐野は外にネジの製造元を知る方法がないかと考えながら歩いていると、前から営業部の谷口友紀という知り合いの女子社員がやってきたので、彼女に頼もうとして声をかけた。

8

谷口は午後7時過ぎにカスタマー室にわざわざ佐野が頼んでいた調べ物を届けてくれた。

ネジを製造している会社は大阪にある「ねじ六」だった。

その前はトーメイテックという会社だった。

つまり、約7年間はねじ六が製造し、その後坂戸がトーメイテックに変えた。

そしてそれを原島がねじ六に戻したということだった。

ネジに問題が発生したのが奈倉が言っていた通り3年前だとすると、そのネジを製造していたのはトーメイテックだった可能性が高いと考えられた。

実直な原島が年間3億円も発注している仕入れ先を切ったという事は、それなりの理由があるはずだ。

佐野は、トーメイテックが製造していたネジが不良品だったという理由で仕入先から外したのだとすると、原島だけでなく、北川や稲葉も不良品のネジを使った折りたたみ椅子が大量に出回っていることを知っているのではないかと思った。

佐野は、まずトーメイテックのことを調べることにした。

9

佐野は谷口にトーメイテックが製造していた全部品の明細書を調べてほしいと頼んだ。

谷口は午後5時過ぎにそれを持ってきた。

佐野はネジの現物を抑えようと考えた。

そのために、工場見学ツアーを企画し、高崎工場へ行くことにした。

佐野は知り合いで副工場長の前川という男に工場内を案内してもらった。

途中で前川に所用ができて事務所に戻り、代わりにライン長の内藤に案内してもらった。

佐野は内藤に頼んで、明細表に記載された大半のネジのサンプルを手に入れた。

稲葉が社用車で高崎工場の敷地内に入ってきた。

その時、稲葉は佐野が工場の車に乗り込んで出ていくところを見かけた。

稲葉は佐野がクレーム撲滅のために工場見学ツアーを企画していることを副工場長から聞いた。

佐野は、その日の夕方に本社に戻り、サンプルのネジを奈倉に届けた。

このネジが企画通りか調べてほしいと頼んだ。

10

佐野は昼休みに稲葉に声をかけられ、何のために高崎工場に行ったのかと問われたので、クレームが多いのでネジがどんなものか確認しておこうと思ったと言った。

稲葉は余計なことをするなと言ったが、佐野は不良品はきちんと報告するものなので、次回のカスタマーレポートにしっかり書くつもりだと言ってはねつけた。

佐野が2人の部下に、稲葉から余計なことをするなと言われたことを伝えると、2人は不安そうな表情を浮かべた。

奈倉がカスタマー室にやってきて、ネジの種類は全部で32種類あり、問題のラクーンのネジはサンプルの5本全てが強度不足だったと言った。

問題なのは、世界中の高速鉄道や飛行機に取り付けられている東京建電製の椅子が強度不足になっている可能性があることだった。

奈倉が帰った後、カスタマー室の3人で編集会議を開いたが、すでにカスタマー室が関与するレベルを超えてしまったため、佐野はどうしていいかわからなかった。

第6話 「偽ライオン」のあらすじ・ネタバレ

1

稲葉は北川誠のいる執務室に行き、2人に送られてきた「ネジ強度不足による製品リコールの件」というタイトルの書類について話し合っていた。

トーメイテックが製造しているネジが国内外の高速鉄道や航空機のシートに使用されていることを問題視する内容だった。

隠蔽は、営業部北川部長と製造部稲葉部長の指示によると考えざるを得ないとも書かれていた。

稲葉は北川に、佐野にポストを投げてやったらどうだと言ったが、北川はそれを拒否した。

北川は稲葉では佐野を説得できないと思い、これから話してみると言った。

2

北川はカスタマー室に行き、佐野にいい気になるなと言ったが、真実はいずれ第三者の調査委員会が明らかにしてくれると言った。

さらに、佐野は、これを知った宮野社長がどう判断して、あなたがどんな言い訳をするか見ものだと言い、一方的に面談を打ち切った。

3

北川は八角を誘って八重洲の小さな居酒屋に行った。

北川は面倒なことにならないように佐野に警告してやってくれと言ったが、八角は断ると言った。

さらに、八角は坂戸が起こした不正を隠蔽しようとしているお前に、佐野や坂戸を責める資格があるのかと言った。

4

北川は同期入社の中でも仕事に対して最も厳しく、周囲が驚くほどの実績を出している一方で、同僚の部下を持つようになってからは、その甘い仕事ぶりに対しても厳しかった。

北川は親会社のソニックから課せられた目標を次々とクリアし、東京建電が主要子会社に成長するのを支えた。

ある時、そんな北川がノルマ達成のために製造部長から耐火性などのデータを捏造するというプランを提案された。

北川は誰にもばれるはずがないと思い、その時初めて不正に手を染めた。

実際に誰も不正によるコストの引き下げの秘密に気づいたものはいないように見えた。

北川が営業成績を上げる一方で、八角は梨田と衝突するようになっていた。

八角は会議で梨田に堂々と反対意見を述べ、やり方を批判し、梨田はそれに対して八角の営業目標未達を理由に会議でいじめまがいに叱りつけることが増えていった。

それでも八角は自分の主張を変えなかった。

八角は北川に対し、立派な業績を上げているようだが、魂を売っているようなもので、お前は偽ライオンだと言った。

八角は何も言わなかったが、北川は八角が不正に気づいていると感じた。

5

北川は新丸子駅近くの自宅に戻った。

北川は家庭で感じる妻のよそよそしさや、思うようにならない息子に苛立っていた。

この夜、北川は佐野が第三者の調査委員会が開かれないと知ったときにどんな行動に出るか不安に思っていた。

この話が外部に漏れると、東京建電に自分の居場所がなくなるので、佐野をなんとしても説得しなければならないと考えていた。

6

翌朝、北川は6時に起き、新聞に自社製品に関連のある記事が載っていないことを確認して安心した。

その日、自宅から外回りをして午後4時過ぎに会社に戻り、佐野と話し合うためにカスタマー室に向かった。

北川を告発したところで得るものは何もないのでこのことを隠蔽すると伝えた。

それに対し、佐野は北川に責任を取って辞任してくださいと言った。

北川は佐野に、お前はこの事態の構造をよく理解していないと言ったので、佐野がその理由を問うと、北川は隠蔽は私の指示ではないと答えた。

佐野が誰の指示なんです?と聞いてきたので、北川はその答えを語り始めた。

7

半年ほど前、八角が北川に製品一覧表を見せて、製品の収益率が良くなっている理由は企画から外れた部品が使われているからだと言った。

さらに、強度不足のネジが使われていると言うと、北川は、坂戸はこのことを知っているのかと聞いた。

それに対し、八角は問題はそこだと答えた。

北川にとって坂戸はお気に入りの部下だった。

営業で優秀な成績を収めていたが、特に優れていたのが新規開拓だった。

坂戸と一緒に北川の下に配属された新人の江口という男がいた。

江口は大型新人として期待されていたが、坂戸はそれ以上の成績を収めた。

坂戸が課長になり、北川が要求する以上の成績を残していたが、北川はまさかその裏にからくりがあるとは疑ってもいなかった。

北川は八角から話を聞いた日の夜に坂戸から事実関係を確認し、宮野社長に全てを報告した。

その時、北川と製造部長の稲葉の2人だけが社長室に呼ばれたが、宮野から出た言葉は本件を隠蔽せよという予想外の言葉だった。

8

北川が佐野に宮野の言葉を伝えると、佐野はまさかと言って呆然となった。

北川は、もはや佐野が本件を持ち出す気力がなくなっていることを確信した。

その夜、社長室に行き、皆に納得させましたと報告した。

北川が執務室に戻ると、そこに八角がいた。

八角は北川が佐野を丸め込んだことに対して不満だったので、北川も佐野も馬鹿だと言って自席に戻っていった。

その2日後、北川は村西副社長から呼び出された。

村西は匿名の告発があったと言って、北川に手紙を見せた。

北川は佐野が送ったに違いないと思った。

北川にとって、村西はソニックから出向してきたお目付役なので、社内ではこの隠蔽を絶対に知られてはいけない相手だった。

その村西にこの隠蔽を知られ、もし本当ならソニックに報告しなければならないと言われたとき、北川は断崖絶壁に追い詰められて、そこから転落しようとしているライオンになった。

第7話 「御前会議」のあらすじ・ネタバレ

1

副社長の村西は北川の告白を1時間以上も聞いていた。

村西はソニックから送り込まれた自分の会社で起きた不正についての責任は逃れられないと思った。

村西はこのことを伝えるため、ソニックの総務部長である木内信昭に電話で相談したいことがあると伝え、東京建電からソニック本社に向かった。

2

村西はソニック本社にある木内の執務室に向かった。

村西は、村西のところに届いた告発文を木内に見せた。

木内は明日の朝に御前会議が開かれることになっていて、その時は社長と副社長が社内にいないので、その間に話し合うのはどうかと提案した。

社長の徳山が出席している会議で打ち合わせをすることを役員の間では御前会議と言っていた。

この会議は議事録が作成されないので、話し合われた内容が外部に漏れる事は無い。

3

村西は大学卒業後、厳しい就職戦線を勝ち抜き、ソニックに入社した。

そこで最初に大阪本社に配属され、電器店を回ってソニックの商品を売り歩いた。

村西が新人の頃は、あまり目立つほどの売り上げ実績はなかった。

3年前に東京本社に異動になり、秋葉原一帯の量販店で営業していた時も、それほど目立つ成績は残していなかった。

村西の営業は、必要な時に必要なだけ売るという姿勢で、押し込み販売でがむしゃらに成績を上げるものではなかった。

しかし、村西は営業マンの資質を見抜かれ、当時営業部長だった清島という男に引き上げられて出世した。

52歳になった時に取締役になったが、村西の同期である梨田元就もその年に取締役になった。

村西は顧客に無理な販売をせず、誠実に顧客の為を思って働いてきたので、自分の足元で起こった不正に憤っていたが、特に気に入らなかったのは顧客軽視が原因で不正が起こったことだった。

4

村西はその翌日、午前8時半にソニックに出向いた。

15階の役員室に向かうと、そこには梨田がいた。

村西は会議が始まった時、梨田や社長の徳山がどんな顔をして、どんな発言をするかを考えると憂鬱だった。

村西は社内で隠蔽工作が行われていたと発言した。

木内がこれだけの不祥事を隠蔽しておくわけにはいかないのではと言うと、梨田が社長に対し、発表したときのコストを見極めてからにすべきではないかと言った。

徳山は、状況を把握するのが先で、調査チームはすぐに結果を出し、発表はその後にすると言った。

村西は今回の不正について、これは事件以外の何物でもないと思った。

この事件による経済的損失は1千億円以上になると想像できた。

東京建電にとっても、ソニックにとっても、子会社の不祥事と連結赤字のダメージが大きいため、製品のリコールによる対応を検討するのも簡単ではなかった。

村西は、東京建電の副社長を2年務めてきたが、東京建電の宮野や北川は村西が部外者だったため、不祥事が発覚したときに、それを全く村西に知らせようとしなかった。

結局、村西が出向先に馴染もうとしていた努力は何の意味なかったと分かり、虚しくなった。

5

村西は、午前会議を終えて帰社した後に、宮野に呼ばれ社長室に向かった。

そこには北川と製造部長の稲葉もいた。

宮野は今リコールすると計り知れない影響を及ぼすので、うちの会社への影響だけでなく、取引先に迷惑がかかる事は避けなければならないと言った。

村西はこの件についてソニックで相談してきた結果、ソニックから調査チームが派遣され、どう対応するかはその結果を見て検討することになると答えた。

宮野は反論することができなかった。

村西は3人に対し、まだ話していないことがあるなら言ってもらえませんかと言ったが、3人からは何も話されることはなかった。

6

村西は自室に戻り情報を整理した。

不正を行った坂戸を除けば、この事件について知っているのは宮野、北川、稲葉、人事部長の河上、八角、原島だった。

村西は昨日北川から預かった告発文を取り出した。

それは、先週、宮野と北川と稲葉を告発したものだった。

カスタマー室の佐野健一郎が差出人だった。

村西はカスタマー室の佐野を読んだ。

村西は佐野に、これは君が出したものかと尋ねたが、佐野は私じゃありませんと答えた。

誰がこの手紙を書き、送ったか心当たりは無いかと尋ねると、佐野は八角かもしれませんと答えた。

村西は内線で八角を呼んだ。

村西は、これは君が書いたものかと八角に聞いたが、何も答えなかった。

村西が君は何か知ってるんじゃないのかと聞くと、昔、製造部にいた増谷に聞くと教えてくれるんじゃないかと答えた。

7

親会社のソニックによる年次検査で、東京建電に20名の調査チームが派遣されてきた。

村西は調査チームのリーダーである品質管理部部長代理の橋口健吾と話した後、人事部に向かった。

村西は課長代理の伊形から製造部にいた増谷の住所と電話番号を調べてもらい、自室に戻った。

村西が電話で増谷に聞きたいことがあると言うと、増谷は会社に伺うと言うので会社で会うことにした。

村西は今回の不正を発見した八角が今回の不正が発覚した以外にも何か知っていると思ったので八角から聞き出そうとすると、八角が増谷さんにお伺いしろと言うので…と答えた。

増谷は東京建電が創業間もない頃、新規受注を取り付けるために規格外のものを作り、コストを下げるという不正を行ったと言った。

村西がその時の営業担当者を尋ねると、増田は北川くんだと答えた。

増谷は私が北川君に不正の計画を持ちかけたと言った。

さらに、この不正を知っていたのは八角だけでなく、今ソニックで常務をやっている梨田君だと言った。

村西は自らの利益のために仕事をする梨田が偉くなり、顧客のためにまっとうに仕事を続けてきた自分が競争に敗れ、子会社に出向いていることを思うと、怒りを通り越して虚しくなった。

村西は北川を自室に呼び、君と増谷くんが不正した話を聞いたと言うと、北川は申し訳ありませんと答えた。

村西が今回の件と合わせてソニックに報告し、君には責任を取ってもらうと言うと、北川は納得したようだった。

8

調査チームは、調査と分析をそれぞれ1週間行い、社長の宮野と村西は御前会議に召集された。

木内はリコールで発生すると予測される損害賠償は、総額で1千8百億円になると発言した。

宮野と村西は頭を下げて謝罪した。

村西が調査チームの報告書を見ると、今回の不正については細かく調べられているが、20年以上前の増谷と北川が犯した不正については全く記載されていなかった。

徳山は今回の不正は外部には絶対漏らすな。東京建電は社を上げて改修に努めるようにと言った。

村西は、徳山が調査チームの橋口と隠蔽について打ち合わせ、考えをまとめたに違いないと思った。

村西は今回の決定を不快に思った。

9

翌年になり、既にヤミ改修の3分の1が完了していた。

2月になり、次回の株主総会で宮野が退任、村西が会長就任という人事が決まった。

3月になり、村西は居酒屋で偶然に八角と出くわした。

村西は八角に課長にならないかと誘ったが、断られた。

八角はソニックを変えるには、メガトン級の爆弾が必要だと言った。

それから1週間後の3月最後の水曜日に村西が新聞を読んでいると、リコール隠しを追う。ソニック子会社東京建電が巨額リコール隠し。交通の混乱必至の情勢という記事が目に入った。

村西は慌てて会社に向かった。

村西は八角が自ら東京建電にメガトン級の爆弾を落としたのだと思った。

第8話 「最終議案」のあらすじ・ネタバレ

1

新聞にスクープされてから、東京建電の強度偽装は、各メディアで報道が取り上げられ、大問題になった。

東京建電製の座席を採用している航空機や鉄道車両等が運行停止になり、依然として再開のめどが立っていない。

宮野社長が自己弁護としか取れない発言をしてしまい、さらに事態を悪化させ、ソニックの株価は1週間で2割近く下げた。

八角は東京建電が入居しているビルの営業部に向かった。

午前9時過ぎに、社会調査委員会のメンバーの1人でソニックの顧問弁護士事務所から派遣されてきた弁護士の加瀬孝毅に内線で呼び出された。

加瀬はカスタマー室の佐野氏がラクーンのネジの事について八角さんに話を聞いたと言っているが、あなたは何と答えたんですかと聞いてきた。

そういう事は課長が担当だったんで課長に聞いてくれと言ったと答えた。

加瀬は今日の午後に坂戸から事情聴取することになっているので、あなたも同席してくださいと言った。

八角はしぶしぶ了承した。

2

八角は1年ぶりに坂戸にあったが、かつての面影もないほど憔悴しきっていた。

加瀬は坂戸に、まだ館山には実家の土地建物があるのですかと尋ねた。

坂戸はそこで父が日用雑貨の店を経営していたが、今は代替わりして兄が継いでいると答えた。

加瀬は会社に迷惑をかけたのであなたにも個人的賠償を背負ってもらうという話は出ると思うと言ったが、坂戸は実家には迷惑をかけたくないので勘弁してもらえませんかと言った。

坂戸はさらに子供の頃に近所にスーパーができたと言った。

そして坂戸は実家のお店の過去について語り始めた。

3

実家のお店は父が確保した仕入れルートによって、商店街の中では品揃えに関して常に優位に立っていたが、スーパー出店後には客が大幅に減り、売り上げもどんどん落ちていった。

坂戸は大学を卒業し、東京建電に入社した。

大手スーパーが進出してからは、銀行が坂戸商店への融資を渋るようになった。

父は急に資金を貸してくれなかったことに我慢できず、銀行を軽蔑した。

半年後に、父が脳卒中で倒れ、まるで別人のようにやせ細った。

秋になり、2ヶ月ほど入院してから、父は自宅に戻った。

翌年の春、母親が心筋梗塞で倒れた。

4

坂戸の兄は坂戸に銀行を辞めたと言った。

兄は坂戸商店を継ぐことにしたのだ。

坂戸兄弟のどちらかがそれを言い出さない限り坂戸商店を存続させるのは不可能だった。

勤めている会社を辞めて後を継ぐ事は坂戸には決してできない決断であり、自分は兄にはかなわないと思った。

5

坂戸はとにかく他人に認められる実績を上げるためにがむしゃらに仕事をするしか親の面倒を押し付けていることに対する贖罪の道がないと言った。

そうやってもがきつつも、あまりに自分を追い詰めた結果、坂戸は道を誤った。

坂戸は強度偽装を思いついたのは自分ではなく、トーメイテックの江木社長から提案されたと言った。

加瀬は坂戸かトーメイテックの江木のどちらかが嘘をついていると思った。

坂戸は最初は突っぱねたが、最終的には受け入れたと言った。

加瀬がなぜ受け入れたのかと聞くと、坂戸はノルマ達成の実績が欲しかったからと答えた。

6

午後5時過ぎに、会議から戻ってきた原島が八角に声をかけた。

八角は、坂戸は概ね自分のやったことを認めているが、トーメイ側から不正の提案をしてきたと言っていると説明した。

原島は、調査委員会は坂戸が言い逃れしていると言っていると答えた。

八角が江木は信用できる男かと原島に問うと、原島は否定し、指示された通り製造しただけなので、自分には何の責任もないと言い張っているようだと言った。

さらに、原島は新会社の社長が飯山のセンで調整されていると言った。

飯山は長く東京建電の経理部長を勤めてきたので、対外的に財務の健全性をアピールしようということなのかもしれない。

八角は、飯山は数字に強いかもしれないが、気に食わないと思った。

飯山は社内の嫌われ者だったのだ。

7

翌日の夕方、八角は3階の休息スペースで飯山とばったり出会った。

飯山は八角に新会社の事業を検討するように申しつけられていると言った。

さらに、新会社には不正に対する防波堤になるような人が必要だということで、君が適任ではないかという意見が出ていると言った。

八角は自宅に戻った。

妻の淑子が心配して会社がどうなるのかと聞いてきた。

問題のないビジネスを分離させて新しい会社に移し、問題のあるビジネスは東京建電に残すと説明した。

八角が自分は新会社に映るかもしれないと答えると、安心したようだった。

8

午後8時過ぎに、八角が帰宅するためにエレベーターに乗ると、そこに坂戸が乗っていた。

八角は坂戸と伊形を食事に誘い、坂戸が知っている神田の居酒屋に入った。

八角は坂戸に証拠はないのかと聞いたが、坂戸は江木社長からメールだと会社のサーバーに記録が残ると言われ、ほとんど電話でやりとりし、それが確認できる書類もないと答えた。

さらに、八角は1度断った申し出をなぜ受けようと思ったのかと聞くと、坂戸は江木社長がまた偽装の話を持ち出してきて、偽装するテストデータが規定の強度には足りないが、人への安全性には大きな問題がない実際の数値結果を江木社長に見せられたからだと答えた。

八角は、トーメイテックと取引をしようと思ったきっかけについて聞いた。

坂戸は最初に話を持ってきたのは北川部長だと答えた。

八角が北川部長と江木社長の間に何かあるのではないかと思い、江木に直接あたってみようと思った。

9

原島と八角は江木を訪ねた。

原島は江木に、坂戸の証言では強度偽装を持ちかけたのは江木さんだと言うことになっているので、お話をいただいているお支払いはできないと言って、テーブルの上に出した請求書を指で押さえた。

しかし、江木はウチではないと答えた。

八角は江木に、北川から坂戸が置かれている状況を聞いて知っていたから強度偽装の提案をしたのではないかと追求した。

江木は、北川さんは坂田さんに取り次いでいただけだと答えた。

トーメイテックを出ると、すぐに原島が江木は嘘を言っていると思いますかと八角に聞いてきた。

八角は、北川が新規取引を申し込んできた会社をわざわざ坂戸に紹介するはずがないので、北川が何か知っているはずだと答えた。

10

会社に戻った八角は北川のところに向かった。

八角は北川に江木とはどういう関係だと聞いた。

北川は、坂戸にトーメイテックを紹介したのは社長からこういう会社があるから坂戸に検討させてくれと言われたからそうしただけで、俺は何の関係もないと言った。

午後8時過ぎに、宮野が会議室から出てきたところで、八角は宮野にトーメイテックはどなたから紹介されたのかと聞いた。

宮野は申し訳ないが記憶にないと言って、エレベーターに消えていった。

そこに人事部の遠藤桜子が声をかけてきた。

桜子は残業していたのだ。

八角はふと思い出して、浜本は元気かと聞いた。

桜子が、パン屋さんに就職したみたいですと答えた。

たまに会社にドーナツを入れ替えに来ていると聞かされたが、八角はそれを知らなかった。

八角は毎日浜本が来れば良いと答えたが、桜子は下々には下々の悩みがあり、優衣の方が会社の姿を正確に見抜いていたのかもしれないと言った。

八角はおかげで悩みの解決方法を1つ思いついたといって、エレベーターホールに向かった。

11

八角は地下2階にある駐車場に行き、社長付運転手の佐川昌彦に会った。

佐川は専門職採用で、八角が入社する前から運転手として勤務し、30年近く働いている社員だ。

八角は、宮野社長はトーメイテックの江木社長と何かあるのかと聞いた。

佐川は、2人でよく飯食いに行ったりして、宮野さんが面倒みてやったような話をしていたと答えた。

八角は、坂戸が強度偽装の話を持ちかけたことになっていると話した。

すると、佐川は、坂戸は根っからの悪とは違うが、言った言わないの話になったら坂戸が証明するのは無理だと答えた。

八角は、それが佐川の意見ではなく、社長がそう言っていたのではないかと感じた。

八角は、佐川の元を離れ、加瀬のところに向かった。

八角は加瀬に、誰から聞いたかは言わなかったが、佐川から聞いたことを話した。

加瀬が、どうやってそれを証明しますかと聞いてきたので、八角は私に考えがありますと言って、それを加瀬に説明した。

12

翌日の午後4時過ぎに、八角は加瀬に付いて江木を再訪した。

江木は坂戸から言われた通りの部品を製造して供給しただけで、データ偽装については知らなかったと言い張ったが、八角は今日の午後から調査委員会が宮野社長のパソコンを精査していたと答えた。

そして、八角はこれが出てきましたと言って宮野社長から江木に宛てたメールのコピーをテーブルに置き、加瀬がそれを読み上げた。

そこには、坂戸への強度偽装とデータ捏造の件は口頭のみで伝えて、メールを含む文章での提案を回避し、後日問題が起きたときは、坂戸からの申し出に従ったに過ぎないと主張すれば良いと書かれていた。

しかし、江木は、計画を立てたのは宮野社長で、私じゃないと言い張った。

八角が、結局、あんたと宮野が偽装を計画し、坂戸1人に責任を押し付けようとしていたのだと言って江木を睨みつけると、江木は観念した。

八角は、実はこのメールはここに来る前に俺が作った偽物だと暴露した。

江木は、こういうやり方は違法だと抗議したが、八角があんたたちが金儲けのために手段を選ばなかったように、真実を知るためならどんなことでもすると言うと、江木は何も言えなくなった。

13

八角が3階にあるドーナツ売り場に行くと、以前、営業部にいた優衣が新しいドーナツを補充しているところだった。

あれから半年が経過し、営業1課の事業以外は新設の会社に移された。

東京建電の社長には村西がつき、巨額の賠償金を捻出するために営業部員たちが毎日必死で働いていた。

6月に特別背任容疑で宮野が告発され、その1ヵ月前にトーメイテックが破産申し立てをした。

同時に江木が破産申し立てをしたが、その後姿をくらまし、行方が分からなくなっている。

坂戸は個人の損害賠償は逃れたが、懲戒解雇処分となった。

その後、仕事で関係のあった会社に転職した。

梨田は、調査委員会から20年前の不正を追求され、ソニックから子会社に出向することが決まった。

八角については、新会社への移籍はなくなった。

八角は、仲間を残して1人で新しい会社で課長になるのもどうかと思っていたので、それでいいと思った。

八角は虚飾の繁栄よりも真実の清貧を選んだが、どんな道でも将来を開く扉はきっとあるはずだと思い、後悔はしなかった。