山開きの意味と由来は?

夏山のシーズンになると、全国各地から山開きのニュースが届きます。

現在の山開きとは、趣味の楽しみや健康のために山登りの始まりを喜ぶ季節の便りとして存在し、登山をする人のために無事と安全を祈願するお祭りになっています。

しかし、もともと登山は行楽ではなく、山の神に礼拝して祈願する神事でした。

そのため、特別な山は、原則として霊山(れいざん、りょうぜん)といわれるように、1定期間を除く平日の登山は認められていませんでした。

山岳修行の道場にもなっている「お山」は、神霊が宿っている土地で、信仰の対象であったからです。

その神聖な地を守るために、限られた時期だけ解禁されて、一般人の入山が許される日を山開きとしているのです。

そのため、山開き前に登山をすることは、絶対にあってはならないこととされていました。

この禁を犯したときには、恐ろしい報いを受けると信じられてきました。

例えば、千葉県市原市の石神では、山の神が木の本数を数えるといわれています。

過去に、山開きの前にある娘が山に入ってしまったために、山の神に間違えて数えられ、そのまま木になってしまったという伝説があります。

こうした類いの山岳信仰は全国に点在します。

山口県豊浦郡では、山開きの前に深山に入ると、山ミサキという人間の生の姿をした化け物が、落ち葉の上を飛び回っているのに出くわすといいます。

松浦静山(まつらせいざん)の「甲子夜話(かつしやわ)」によると、神奈川相州の大山で、人々が止めるのを聞かずに禁を犯して入山した男女が、山霊に姿を隠されてしまい、着物だけを残して消えてしまったという伝説があります。

また、このような山の神は、昔から女神であることが多いといわれています。

もちろん男神の山の神は存在していますが、その場合は、狩猟、採集、芸能などの人間の活動や技術的な行いをつかさどる神のことを指しています。

水や生命を育んだり守ったりする森や山は、基本的には女性の原理に属するものとされています。

そのためか、男女で入山すると山の神が焼きもちを焼いたり、女を嫌がったり、男好きだという言い伝えも珍しくありません

実際に、現在でも山のトンネル工事は、男がするものという建設会社もあるほどです。

女が「ヲンナ」または「ヲミナ」、つまり「産むもの」という意味なので、山の神が生産をつかさどる神である以上、女神とするのがごく自然な考え方なのかもしれません。

山の神の意味を辞書で調べてみると、「山の精」という意味と「自分の妻の呼び名」という意味があります。

これも山の本当の怖さを今に伝える言い伝えの1つなのかもしれません。

富士山の山開きの時期と由来

富士山では、7月1日に山開きが行われます。

山開きでは、この日に山の神の祭りが行われます。

そして山開きの後、その日から富士山頂を目指す一般人の登山が盛んになります。

夜中に山道を登って、富士山頂で御来光(ごらいこう)と呼ばれる日の出を見ると、大きな御利益があるといわれています。

この山開きは、全国各地の神聖な山といわれる特別な山々で行われています。

しかし、これは夏になって登山が可能になったことを示す解禁日ではありません。

もともと富士山を含む多くの名山では神の住まう霊峰ということで、一般人の登山が禁止されていました。

そして、山にこもって厳しい修行をする修験道(しゅげんどう)の修業者だけが、一定期間にだけ登山を許されていました。

しかし、修験道が一般に知られるようになったこともあり、神の力を求める人々にも特別に一定期間だけ、富士山に登ることを認めました。

そして、その初日を山開きといいました。

つまり、山開きは、この俗習に基づいてできたものです。

現在では単なる解禁日と誤解している人も多いようですが、山開きは神聖な日なのです。

山に神が宿るという考えを山岳信仰といいます。

山は地上よりも天に近く、生活の基盤になる水が流れる場所であり、人の力の及ばない威厳のある感じがそう思わせたのかもしれません。

山岳信仰は6世紀に日本に伝来した仏教と結びつき、修験道という日本独特の宗教観を生み出しました。

それは山岳地帯での修行の先に救済があり、特殊な力が身に付くと考えるものです。

もともと人はレジャーではなく、宗教上の目的を持ち、修行をするために登山をしたのです。

娯楽として山登りをする習慣は、江戸後期まで存在しなかったといわれています。

修験道の場として有名なのは、青森県の恐山、山形県の出羽三山、和歌山県の熊野三山などの霊山です。

中でも、富士山は特に有名です。

修験者の人々は、どの山でも過酷な環境に身を置いていました。

富士山では、それが水垢離(みずごり)というものでした。

神仏に祈りながら冷水を浴びて、滝に打たれたり、燃え盛る炎の上を歩いたり、厳しい崖をよじ登ったりもしました。

もともと登山は拷問のような側面を持っていたのです。

12世紀ごろから続いている、このような山岳信仰や、様々な芸術作品の題材となったことも評価されて、富士山は自然遺産ではなく、文化遺産として世界遺産に指定されました。

そのため、登録名は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」となっています。

また、現在でも富士山の山開きのような開山祭(かいざんさい)が、全国各地の山の神社で開かれています。