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マスカレード・ホテル (集英社文庫) [ 東野圭吾 ]
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1

ホテル・コルテシア東京のフロントにいる山岸尚美のところにベルボーイで入社1年目の新人・町田から内線電話がかかってきた。

お客様を1615室に案内したところ、禁煙室なのにタバコの匂いがするとクレームをつけられたという。

尚美は町田に、すぐ1615号室に行くと伝えた。

尚美は若手フロントクラークの川本を呼び、代わりの部屋を用意しておくよう伝えた。

尚美がエレベーターで1615号室のある16階に向かうと、部屋の前にベルボーイの町田が立っていた。

町田は、最初に案内したときには臭いがなかったのに、エレベーターホールで電話をしてから戻ってくるとタバコの匂いがしていたと尚美に伝えた。

尚美が1615室のドアをノックすると、不機嫌そうな中年の男が現れた。

尚美は、部屋の匂いで、おそらく町田の疑念は当たっていると感じた。

わざとクレームをつけてくるくらいなので、シングルルームでは納得しないと思い、代わりの部屋としてスイートルームを用意した。

ベルボーイの町田は、まんまと作戦にひっかかったような感じがすると不満を漏らした。

しかし、尚美はなんだかんだと難癖をつけられて、いくつも部屋を見せて回るようになる方が面倒なので、お客様とは無駄な駆け引きはしないと言って、町田をなだめた。

尚美がフロントに戻ると、フロントオフィス・マネージャーの久我がいた。

久我は、2階の会議室で総支配人たちが待っておられるので、事務棟に行ってくれと尚美に伝えた。

コルテシア東京の主な事務部門は、「コルテシア東京別館」という隣の建物に置かれているので、尚美はフロントから従業員用の廊下を通り、非常口からホテルの外に出た。

事務棟の2階にある会議室に入ると、総支配人の藤木がいた。

左隣には総務課長の片岡、会議机の手前にはベルキャプテンとハウスキーピングの責任者がいた。

そこで藤木は、警察の捜査に協力をしなければならなくなったと尚美に伝えた。

しかもその事件は、厄介なことに殺人事件の捜査だという。

その事件とは、新聞やニュースで頻繁に報道されている事件だった。

最近、都内の至る所で殺人事件が起きており、どうやらそのうち3県の事件については、同一犯による連続殺人事件の可能性が高いということだった。

しかも、近いうちに4件目の事件が起きる可能性があり、問題なのは、このホテルで起きると警察が言っているということだ。

これまでに起こった事件の間隔からすると、これから10日以内に起きる可能性が高いという。

また、犯人についてはまだ特定できておらず、誰が狙われているかも判明していないという。

警視庁は、捜査員を職場に潜入させたいと言っており、捜査員がホテルマンの格好をして正面玄関やフロントに立ったり、客室に入ることもあるというのだ。

そのため、尚美は、片岡から捜査員の教育、指導、仕事の補助を行うようにという指示を受けた。

しかも、尚美は、フロントクラークに化けた調査員のそばに常に付き添うようにとも指示された。

尚美はすぐに別室に待機していた警視庁の捜査員たちと顔合わせを済ませた。

そこで紹介されたのは、警視庁捜査一家の係長・稲垣、関根巡査、新田浩介警部補だった。

新田警部補はフロントオフィスを担当することになり、尚美が指導係を務めることになった。

尚美は警視庁の捜査員を指導するため、宿泊部のオフィスがある事務棟の3階に行き、ホテルにおけるサービスのやり方を明記してあるサービスマニアルに目を通した。

その時、フロントクラークの服装に着替えた新田浩介が更衣室から出てきた。

尚美は新田の立ち方と歩き方のレッスン、お辞儀の仕方と話し方の矯正を行い、地下1階の理髪店に行って、スタッフ仕様の髪型にするよう指示した。

2

新田は理髪店に行った後、1階に上がり、張り込みの様子を見て回ることにした。

新田はこれまでの事件の経緯は理解していたが、疑問が払拭できずモヤモヤしていた。

最近起きている事件が連続殺人事件である事は間違いなかったが、それぞれの被害者には全くつながりがなく、犯行の手口にも共通点はなかった。

それでもこの事件が連続殺人と断定できるのは、犯人が現場にある共通のメッセージを残していたからだった。

第一の事件が発生したのは、10月4日の夜だった。

午後8時23分に公衆電話から110番通報があったが、通報者は場所を知らせただけで、名乗らずに電話を切った。

現場はりんかい線品川シーサイド駅近くの月極駐車場だった。

30歳前後の男が、契約車両のボルボXC70の運転席で絞殺されていた。

首に細い紐の痕が残っており、後頭部には鈍器で殴られた痕があった。

死体の身元は、そのボルボを所有していた岡部哲晴という会社員だった。

現場の近くにマンションを借りており、この夜はゴルフのレッスンに行く予定だった。

出発しようとしたところを襲われたようで、盗まれたものは何もなかったが、助手席のシートにメモが残されており、そこに2つの数字が印刷されていた。

45.761871
143.803944

これは何を意味しているのか、事件との関連性も不明だった。

品川警察署に捜査本部が開設され、新田もそこに詰めることになった。

新田は被害者の会社の同僚に目をつけたが、その男にはアリバイがあった。

そんな中、第2の殺人事件が起きた。

10月11日の早朝に、千住新橋付近にあるビルの建設現場で死体が発見された。

殺されたのは野口史子という43歳の主婦だった。

夫は足立区で工場を経営しており、野口史子は10月10日の夕方に実家へ行くと言って出かけたという。

史子はすぐには帰ってこなかったが、実家に泊まったと思い、特に心配はしていなかったという。

解剖の結果、史子は家を出て数時間のうちに殺されたことがわかった。

首に扼殺の痕があり、背後から襲われたようだ。

盗まれたものはなかったようだが、被害者の衣服の下に1枚の紙があった。

その紙には、雑誌か新聞から切り取ったと思われる次のような数字があった。

45.648055
149.850829

この数字は犯人からの何らかのメッセージと考えられた。

品川との事件のつながりを捜査員が調べたが、2つの事件に関連性を見つけることはできなかった。

そんな中、第3の事件が起きた。

被害者は畑中和之という人物で、53歳の高校教師だった。

殺害現場は首都高速中央環状線の葛西ジャンクションの下にある道路上だった。

被害者が毎日、夜にジョギングで走るコースだった。

絞殺や扼殺の形跡はなく、全身にはドンキで殴られた痕があり、後頭部への打撃が致命傷となった。

被害者が着ていたウィンドブレーカーのポケットに1枚の紙が入っていた。

そこには2つの文字が印刷されていた。

45.678738
157.788585

3

新田は事務棟に移動していた。

稲垣は、ホテル側の行為で、この部屋を現地対策本部として使用させてもらえることになったとそこに集まる刑事に伝えた。

犯人は客を装っている可能性もあるが、ホテルの関係者を装っている可能性もあると考えられた。

その場合、犯人は関係者用の出入り口を使うため、そのすべてに警備員の格好した警官を立たせることにした。

1階のロビーには、常時3人の捜査員を張り込ませていた。

これでリストに載っている人間が来れば、必ずわかることになる。

問題なのは、犯人がリストに載っていない場合だった。

防犯カメラは、宴会フロア、婚礼フロア、レストランフロア、エレベーターホール、廊下に取り付けられている。

トイレと客室内にはカメラがなく、死角になっていた。

4

尚美は藤木に呼ばれて総支配人の部屋にいた。

尚美は、警察が次にこのホテルで殺人事件が起こると考えていることについての根拠について、藤木がかなり信憑性があると感じているのではないかと思い、聞いてみた。

藤木は、尚美が言う通り、このホテルで殺人事件が起きると予想される理由について、警察から説明を受けていると言った。

しかし、藤木は最悪の事態が起こったときに、従業員に事実を知らせておくと、従業員に迷惑がかかるので、理由は教えられないと尚美に伝えた。

尚美は事務棟で着替えを済ませ、自宅に帰り、翌朝8時に出勤した。

新田のことが気になり、フロントに行った。

そこで尚美は、お客様を睨まないようにと新田に注意した。

そんな時、ホテルの従業員の川本が、古橋というお客がそろそろチェックアウトされると尚美に伝えてきた。

先月その古橋というお客が宿泊した際、チェックアウト後にバスローブが紛失していたという。

そのバスローブは1着20,000円近くするもので、宿泊のたびに持ち帰っられたらたまらないものだった。

そのため尚美は古橋というお客がチェックインするときに、チェックアウトの時間を聞いておいた。

尚美は、古橋にバックの中身を確認してほしいと言ったが、古橋はそれを嫌がった。

そんな時、新田は古橋に、そのままお帰りになってくださいと言った。

新田は、ハウスキーパーに詳しい状況を聞いたところ、2つあるはずのバスローブのうちの1つが消えおり、もう1つは未使用のままでクローゼットに入っているということだった。

もしツインの部屋でバスローブを盗むとしたら、そのうちの1着は風呂上がりに使って、バッグに隠すのは未使用のほうにすると考えたのだ。

わざとバスローブを隠して、バックの中身を確認してバスローブが見つからなかったら、名誉棄損だと言って騒ぎ、何らかの金銭を出させで小遣い稼ぎをしているのかもしれないと推測したのだった。

そんな時、新田は携帯電話で呼ばれ、これから事務棟に行ってきますと言ってフロントを出て行った。

尚美はそのあとを追いかけ、連続殺人犯は一体どんなメッセージを残していったのかと新田に聞いた。

5

尚美は犯人が次の犯行現場にこのホテルを選んでいる根拠を教えて欲しいと新田に尋ねた。

しかし、新田はそれをかたくなに拒んだ。

新田が事務棟の会議室に入ると、3人の男がいた。

新田は稲垣に呼ばれていたので、稲垣のところに近づいていった。

稲垣は千住新橋の事件で気になる情報が入ったと言った。

千住新橋下の被害者は野口史子という主婦だったが、旦那の経営している街工場がほとんど潰れているような状態だったという。

しかも被害者には多額の生命保険がかけられていた。

旦那が保険金目当てで女房を殺したという可能性があり、5人いる従業員の中の誰かにやらせた可能性もある。

そこで旦那のアリバイを調べたところ、アリバイはなかった。

そして、稲垣は5年前に開かれた自動車部品メーカー主催のパーティーの写真を新田に見せた。

そこには旦那の野口靖彦が映っていた。

その写真はこのホテルで撮影したものだった。

野口の取引先を当たっていた捜査員がたまたま見つけた写真だった。

稲垣は、野口が事件に関わっているのなら、何かあるはずだと睨み、宴会部の聞き込みは他のものにやらせるので、新田には宿泊部の人間を当たるよう指示した。

新田はフロントに戻り、すぐに尚美から話を聞いた。

尚美は、5年前には同じようなパーティーが毎日のように行われていたのでわからないと言った。

そして、2人はフロント業務に戻った。

するとそこに1人の中年男がチェックインをしにやってきた。

新田はその中年男に呼ばれ、1015室に向かった。

その中年男は最初の事件が起きたときに捜査本部が開設された際、この男と組むようにと言われた刑事だった。

男は能勢といい、品川警察署の刑事だった。

能勢は、被害者の女性関係について面白い情報をつかんだので、それを新田に知らせるためにやってきたという。

1人目の被害者の岡部哲晴が住んでいたマンションの近くに、行きつけにしていた居酒屋があった。

その店に岡部が女性と2人で来たことを店員が覚えており、夫婦だと思っていたという。

能勢は、この事件が起きた後、その女性が名乗り出てこなかったのは、不倫相手だったため、関わり合いになるのが嫌だったからではないかと考えた。

そして、この人妻の正体を突き止めるため、署に戻って、聞き込みをすると言って帰って行った。

その時、新田は手嶋正樹のことが頭に浮かんだ。

手嶋とは岡部が働いていた会社の先輩だった。

新田は、岡部哲晴の部屋に高級なブランド品がたくさん置いてあることで、会社員には似つかわしくないと思っていた。

そこで、新田は岡部が会社で所属していた経理部に着目した。

そこで社内調査を依頼したところ、1年間で総額1億円以上の不振な出金が見つかった。

そこで浮かんできたのが岡部以上に不正をやりやすい立場にいた手嶋だった。

そこで新田は手嶋に会うことにした。

しかし、手嶋の部屋には贅沢品は1つも見当たらず、岡部との付き合いも会社以外ではなく、不正にも気づかなかったと言った。

そこで新田はアリバイを確かめることにした。

手嶋は、事件が起きた10月4日の夜に昔付き合っていた女性から固定電話に電話がかかってきたと言った。

手嶋の元恋人は本多千鶴という女性で、確認してみると、その日は確かに自分の携帯電話から電話をかけたという。

また、通話記録も残っていた。

手嶋の部屋から犯行現場までは、どんな交通手段を使っても1時間以上はかかるので、このアリバイを信じると、手嶋に犯行は不可能だ。

新田は自分が袋小路に迷い込んだような気分になって、両手で頭を掻きむしった。

6

尚美は中年男性のチェックインを済ませた後、正面玄関を見た。

するとドアマンが1人の女性をフロントに案内しているところだった。

その女性はサングラスをかけ、右手で杖をついており、身体障害者に見えた。

その女性は濃いサングラスをしていたので顔はよく分からなかったが、年齢は60歳前後に見えた。

若手フロントクラークの川本がチェックインの作業を始めようとしたところ、老婦人は尚美の方を向いて、あなたにお願いしたいと言った。

尚美は川本に代わって老婦人のチェックインをした。

老婦人は宿泊表に名前と住所、電話番号を記入した。

名前は片桐瑤子、住所は神戸と書かれていたが、老婦人の言葉には関西なまりが入っていなかったので、少し意外な感じがした。

尚美が端末機を操作すると、片桐は3日前に予約を入れていた。

この年代の女性客は大抵禁煙ルームを希望するが、片桐は喫煙可のシングルルームを希望していたので意外だった。

尚美は片桐に1215号室を用意した。

杉下は片桐を部屋まで案内した。

尚美の後ろに立っていた新田が、あの老婦人が両手に白い手袋をしているのは怪しいと言った。

視覚障害者はあまり手袋を使わないからだ。

そんな時、電話がかかってきて川本がそれを受け取った。

電話をかけてきた杉下によると、先程のお客様が山岸さんに来て欲しいと言っているという。

実は片桐が部屋を変えてほしいと言っているというのだ。

尚美はフロントを出て、エレベーターホールに向かった。

新田も後からついてきた。

尚美が1215号室に入ると、片桐瑤子はこの部屋が私には合わないので、他の部屋を見せて欲しいと言った。

理由は、この部屋には沢山の人がいて、その人たちの思いが私には重たく感じられるからだという。

新田が幽霊のことですかと質問すると、幽霊ではないという。

尚美は、このフロアに用意できる部屋がいくつかあるので、その中から好みの部屋を選んで欲しいと言った。

片桐瑤子はどのタイプでも構わないが、できればシングルがいいと答えた。

尚美が1219号室に案内すると、片桐瑤子はこの部屋でいいと言った。

尚美と新田はエレベーターに乗ってフロントに戻った。

午後6時を過ぎて、片桐瑤子からフロントに電話がかかってきた。

片桐は尚美に食事について相談したいという。

私のようなものが1人で行っても平気かしらと言うので、もちろん大丈夫ですと答えた。

店の者には事情を説明しておくので、7時より少し前に私が部屋まで迎えに行くと言った。

7時15分前に、尚美はフロントから1219号室に向かった。

片桐はゆっくりと部屋から出てきた。

尚美は自分の二の腕に掴まらせ、最上階にあるフレンチレストランまで案内し、窓際の席に連れて行った。

尚美はマネージャーに目礼し、テーブルを離れたが、気になって影から片桐瑤子の様子を見た。

尚美は、片桐が注文したメニューが気になったので、ウェイターからメニューを見せてもらった。

尚美がウエイターにメニューを渡し、くるりと踵を返した瞬間、片桐瑤子と目があったように感じた。

片桐瑤子は本当は目が見えているのではないかと思い、尚美は暗い気持ちになった。

7

新田は午後11時過ぎに事務棟の会議室に向かった。

そこには本宮という捜査員がいた。

本宮は片桐をフレンチレストランで見張っていたという。

しかし、本宮はこれまでの犯行の手口から考えて、犯人はまず間違いなく男で、女には無理だと言った。

新田は、会議室を出て、1つ上の階の宿泊部のオフィスにある従業員用の仮眠室に行って眠ることにした。

オフィスに行くと尚美が眠っていた。

新田は尚美を起こして、あの視聴覚障害のご婦人は怪しいと言った。

尚美はお客様を疑うのは良くないと言って、ちょっとした口論になった。

尚美は帰宅するため更衣室に向かった。

新田が更衣室に向かおうとした時に能勢から電話がかかってきた。

雑用が残っているため、ホテルに戻れなくなったという。

能勢は新田に予約してあるシングルルームを使っていいと言ったので、新田はその部屋を使うことにした。

新田は事務棟を出て、1015号室に向かった。

新田は室内に入ると、犯人について考え始めた。

しばらく考えているうちに、誰にも気づかれずに殺人を実行できる場所は、やはり客室だと思った。

顔見知りでなければ客室にいる人間に近づくのは難しいが、マスターキーを使えば可能になる。

もちろんドアガードや内鍵がされていたら入れないが、宿泊者全員が戸締まりに気を配っているわけではないので、いくつかの部屋を当たれば、簡単に開くドアもあるはずだ。

という事は、犯人が犯行場所にこのホテルを選んだのは、犯人がこのホテルの中にいるからではないかと考えた。

8

尚美はいつものように引き継ぎの時間よりも少し早めに出勤した。

フロントクラークに片桐瑤子のことを聞いたが、何も変わった事はなかったとの事だった。

あと5分ほどでチェックアウトの午前11時になる頃に1219号室の片桐瑤子から尚美に電話がかかってきた。

見つからないものがあるので探して欲しいという。

尚美は電話を切り、フロントから部屋に向かった。

新田もついてきた。

尚美が部屋に入ると、片桐瑤子はボタンが1つなくなったと言った。

尚美はそのボタンを探し始めた。

外で待っていた新田がドアをノックしたので、尚美はドアに近づき、ここは私1人で大丈夫ですから、新田さんは戻ってくださいと伝えた。

片桐瑤子のところに戻ると、ペットのすぐ側に黒いボタンが落ちていた。

尚美はさっきは気づかなかったと言ったが、それは嘘だった。

その辺は何度も見ていたはずなので、尚美が新田と話している間に片桐瑤子が置いたに違いないと思った。

尚美は彼女をフロントまで案内し、そのままチェックアウトの手続きを行った。

片桐瑤子が正面玄関まで送って欲しいと言ったので、案内した。

片桐瑤子は本当は目が見えているのに、見えないフリをしていたことを尚美にわびた。

片桐瑤子は視聴覚障害者の主人が上京することになっていて、宿泊先で困らないか不安だったので、どのホテルなら安心かを調べてみるために嘘をついたのだと打ち明けた。

このホテルのサービスは期待以上で、とても満足していると言った。

手袋をしていたのは、以前、主人をかばって熱湯を浴びてしまったときにできた痕を隠していたからだった。

片桐瑤子は正面玄関を出て、自分でタクシーに乗り、帰って行った。

新田が尚美の隣に来て、驚きましたねとつぶやいた。

そして、上着のポケットから1枚の紙を出し、尚美に、これを見てくださいと言って差し出した。

そこには次のような数字が書かれていた。

45.761871
143.803944
45.648055
149.850829
45.678738
157.788585

新田は、このホテルが次の犯行現場になることを予言する暗号だと尚美に言った。

9

新田と尚美はコルテシア東京の2階にあるブライダルコーナーに向かった。

この場所が密談に最適だったからだ。

新田が事件の事情を説明するのにインターネットを使ったほうが簡単だと言うので、尚美はオフィスから持ってきたノートパソコンを開き、インターネットにアクセスした。

新田はそれぞれの事件の2つの数字は日にちと場所で表されていると言った。

しかも、日にちと場所で表されているその数字は地球の緯度と経度を示しているという。

2つの数字の.小数点以下を無視すると、片方はすべて45だが、もう一方は143、149、157と変化していた。

事件の起きた日付は、最初が10月4日、次が10月10日、その次が10月18日だった。

日にちの間隔が6日と8日で、6と8なので、数字の増え方と一致していた。

そのため、この2組の数字には日付が組み込まれている可能性が高いと考えられた。

そこで2つの数字から事件が起きた日付の月と日をそれぞれ試算してみた。

45.761871 − 10 (月) =35.761871
143.803944 − 4 (日) = 139.803944
45.648055 − 10 (月)= 35.648055
149.850829 − 10(日) = 139.850829
45.678738 − 10 (月) = 35.678738
157.788585 − 18 (日) = 139.788585

このように変換してから、地図の検索サイトで緯度と経度を打って検索してみた。

新田は最初の事件の2つの数字を検索してみた。

そこには東京の北千住新橋北詰という文字が表示された。

これは第2の事件が起きた場所だった。

尚美が3番目の数字で検索してほしいと言ったので、次に3番目に起きた事件の2つの数字を打ち込んだ。

すると地図の真ん中にホテル・コルテシア東京の文字が表示された。

この数字は新田が読解したが、その時は、まさか自分がホテルマンをやるとは思っていなかったという。

尚美はなぜこのホテルが選ばれたのかを新田に聞いたが、新田は犯行現場が選ばれた理由や、犯人が誰かとういうことや、犯人が殺そうとしている相手が決まっているのかということについてはわからないと言った。

さらに、新田は犯行が客室で行われる可能性があり、従業員の中に犯人が入る可能性もあるので、尚美に同僚たちを監視してほしいと遠回しに言った。

ところが、尚美は同僚たちを信用しているのでお断りしますと答えた。

10

尚美と新田は時間を2、3分ずらして1階のフロアに降りた。

新田がフロントに戻る途中に能勢がいたので近づいていった。

例の人妻については進展がなかったが、他の事件とのつながりを無視するような捜査方針に変わったことを伝えに来たという。

しかも、課長に訊いたところ、数字のことも当面考えなくていいと言われたという。

では私はこれで、と言って能勢は帰っていった。

奥のソファで新聞を読んでいた本宮が、あの能勢という刑事はかなりの切れ者らしいと言った。

新田は能勢が愚鈍そうに見えたので、まさかと思った。

新田はフロントに戻り、いつものように山岸尚美の後ろに立った。

しばらくして、20代半ばと思われる女性が山岸尚美の前に立った。

名前を安野絵里子といい、予約を入れてあると言った。

そして、安野絵里子はバックから写真を1枚取り出し、カウンターに置いた。

その写真は男の顔写真だった。

そして、この男をあたしには近づけないで、ここに来たら必ず追い返して、私がここにいる事は絶対に言わないでと言った。

11

尚美は、ご事情をお聞かせいただくわけにはいかないでしょうか、この方のお名前を教えていただけないでしょうかと聞いたが、安野絵里子はそれを拒否した。

新田が近寄ってきたので、尚美は安野絵里子が事件に関係していると思うかと新田に聞いたが、新田は、それはないでしょうと答えた。

12

新田は遅番えの引継ぎ業務を終え、事務棟の会議室に向かった。

そこにいた稲垣が、品川所の刑事課長が他の2つの事件とのつながりは考えなくていいと部下に言ったそうだが、それは能勢という刑事の早とちりだったらしいと言った。

新田は安野絵里子について手短に稲垣に話した。

稲垣はその女性客の身元をはっきりさせようと言った。

新田はフロントに戻り、安野絵里子の宿泊票に書かれている内容を宮本に電話で伝えた。

その後、裏の事務所に行った。

そこにいた尚美に、これから一緒に安野という女性客の部屋に行ってもらいたいと言った。

尚美は安野に電話で許可を取ってから、新田と一緒に安野の部屋に向かった。

尚美は昼間の件で、経理担当者と相談し、例の写真をお預かりした方が良いのではないかと言うことになったと言って、写真を預からせてほしいと伝えた。

新田は、警備担当者は元警察官なので、警視庁にも顔が効くと言ったが、安野絵里子は、警察には用はないと答えた。

尚美と新田は1階のロビーに向かった。

そこには本宮がいた。

本宮は、安野絵里子の宿泊表に書かれている住所を調べたが、存在しない番地で、電話番号もデタラメ、名前も偽名ではないかと言った。

新田はその場を離れ、フロントに尚美がいないことを確認してから事務棟に向かった。

午前0時を過ぎても、写真の男が現れなかった。

新田は事務棟の会議室に向かった。

そこにいる本宮と安野絵里子に関する話を少ししてから、自宅に帰るという本宮と部屋を出て、新田は階段を上り、宿泊部のオフィスに向かった。

そこには尚美がいた。

尚美はパソコンで事件に関する新聞記事を検索していたという。

新田は、この事件で駆り出されたときには、連続殺人事件だとは思わなかったと言った。

しかも、極めて怪しい容疑者がおり、まだその人物を疑っているとも言った。

新田はその怪しい容疑者のアリバイについて話し始めた。

死亡推定時刻に容疑者が自宅にいて、元恋人からの電話を受けていた。

元恋人が電話をしたのはたまたまだった。

元恋人が共犯ということも考えたが、その可能性は低い。

元恋人が容疑者と別れたのは2年も前の話で、今は新しい恋人がいる。

しかもその女性が電話をかけたときには、部屋に友人がいたという。

その友人も電話をかけていたことを証言している。

尚美はその元恋人がどういう用件で容疑者に電話をかけたのかと質問した。

新田は、大した用件ではなかったそうですと答えた。

尚美は、それなら友達と一緒にいるときにわざわざそんな微妙な相手に電話をかけなくてもいいし、かけるとしたら何か特別な理由があるときだと言った。

尚美は、その友達が電話をかけてみたらと言ってそそのかしたのではないかと推測像した。

新田は、その可能性についてこれまで考えたことがなく、案外当たっているのかもしれないと思った。

そんな時、ホテルの正面玄関付近でベルボーイの格好をしている関根から電話がかかってきた。

フロントに写真の男が現れたという。

すぐに行くと言って、新田と尚美はフロントに向かった。

13

尚美は確かにその男は写真の人物だと思った。

男は尚美に予約してあると言った。

急いで端末を操作すると、館林光弘という名前が見つかった。

尚美は館林に安野絵里子の部屋から遠い1530号室を選んだ。

館林が記入した宿泊票には名前と高崎市で始まる住所、携帯電話の番号が記入されていた。

館林はベルボーイの案内を断って、1人で部屋に向かった。

新田は宿泊票を見て、おそらく偽名だと言った。

高崎市は群馬県にあるが、群馬県には館林市という土地もあるからだ。

尚美は安野絵里子に電話し、館林がやってきて1530号室に入ったことを伝えた。

その時、横にいた小野が、館林が以前もここに泊まったことがあったように思うと言った。

新田はとにかく警戒が必要ということで、防犯カメラを見張っている刑事に注意するよううながすため、警備員室に向かった。

尚美は帰宅することにしたが、それを新田に伝えるために地下1階の警備員室に向かった。

新田に帰宅することを伝えているときに、1530号室に誰かが入っていく姿が監視モニターに写し出された。

曲がり角から1人の女性が現れ、ドアをノックし、ドアが開いて、彼女は室内に入っていった。

しばらくすると、ある部屋から安野絵里子が出てきた。

尚美は25階のエレベーターホールを映してくださいと言った。

そこに右側からゆっくりと安野絵里子が現れた。

尚美は15階のフロアを映してくださいと言った。

その直後にエレベーターから安野絵里子が降りてきた。

尚美と新田は警備員室を飛び出してエレベーターに乗り込んだ。

尚美は安野様に館林様の部屋番号を教えるというミスをしてしまったと新田に話した。

尚美は安野が館林に狙われているのではなく、その逆だと思った。

新田が1530号室のドアをロックしようとしたとき、部屋から安野絵里子ではない女が出てきて、急ぎ足で去っていった。

尚美が部屋を覗くと、部屋の中央で安野絵里子が立っていた。

安野絵里子は、私たちは夫婦だと言った。

そして、バックから離婚届を出した。

夫は村上充弘、妻は村上絵里子となっていた。

これを彼に渡しに来ただけだから心配しないでと言った。

さっき出て行った女性は、多分六本木のホステスだという。

尚美と新田は1階のフロントカウンターに戻った。

村上絵里子もフロントにやってきた。

手続きを済ませると、村上絵里子は主人の浮気現場を押さえるためにホテルに泊まったと言った。

尚美は正面玄関を出てすぐ横にあるタクシー乗り場に村上絵里子を案内した。

村上絵里子はタクシーに乗って帰っていった。

14

能勢がフロントにいる新田に会うためにやってきた。

新田は手嶋正樹に電話をした元恋人の本多千鶴と一緒にいた本多の友人・井上浩代について能勢に調べて欲しいと思っていたが、能勢もそんな新田の狙いを理解していた。

そして、能勢は井上浩代について、電話をかけた理由も含めて詳しい事を調べてみますと言って去っていった。

新田が手嶋正樹について考えを巡らせていると、小太りの男がフロントの横から新田に呼びかけてきた。

男は栗原と名乗り、予約を入れてあると言った。

山岸尚美が端末を操作すると、栗原健治という名前で予約が入っていることが確認できた。

シングルルームで1泊、禁煙室希望とあった。

栗原が記入した宿泊票を見ると、住所は山形県になっていた。

山岸尚美は栗原に2201号室を用意した。

新田は尚美に栗原をどこかで見たことがあるような気がすると言った。

新田はベルボーイ姿の関根を呼び寄せ、栗原が何か他の事件で関わっていたかもしれないので、一応警視庁のデータベースで調べてもらいたいと伝えた。

その時、内戦電話がかかってきて尚美が受話器を取った。

栗原が部屋にクレームをつけてきて、新田を呼んでいるという。

新田はフロントを出て、2201号室に向かった。

栗原は、予約時に何か希望はあるかと聞かれたので、夜景がきれいな部屋がいいと答えたのに、これの何処がきれいな夜景なんだ、馬鹿にしてるのかと言った。

さらに、インターネットのこのホテルのオフィシャルサイトに写っている夜景の写真の中央には東京タワーが写っていたが、この部屋の景色は全然違うと言った。

新田は1階のフロントに戻って尚美に事情を説明した。

新田は、あいつは典型的なクレーマーだと言って腹を立てたが、尚美は挑発に乗るのは相手の思うツボなので、しっかり対応して見返してやってくださいと言い、東京タワーが見える西側のなるべく上の階にある部屋を用意した。

そこで若手フロントクラークの川本がやってきて、栗原はホテルから回ってきているクレーマーのリストには載っていないと言った。

新田が2201号室に戻ると、栗原はさらに不機嫌になっていた。

新田は最初に3415号室のシングルルームに案内し、その後いくつかの部屋に案内したが、栗原は他の部屋も見せろと言った。

新田が山岸尚美に電話で事情を説明すると、尚美は3430号室のスイートに案内してみてくださいと言った。

栗原は3430号室に入ると、夜景を見ようともせずに、最初のシングルに案内しろと言ったので、新田は2201号室に栗原を案内した。

15

新田は事務棟の会議室に来て、本宮とともに栗原の愚痴をこぼしていた。

関根は前科者のデータベースには栗原はいないようですと言った。

その時、管理官の尾崎と稲垣が入ってきた。

新田は迷いながらも、栗原健治のことを報告した。

新田は、俺はなるべく栗原には近づかないようにしましょうかと提案したが、稲垣は不自然な行動はせず、むしろ、いつでも対応できるように準備しておくべきだと指示した。

新田は会議室を出て、関根とともに持ち場に戻ることにした。

事務棟から外に出たとき、山岸尚美から電話がかかってきた。

フロントに戻ると、山岸尚美が栗原健治の部屋番号2210が記されているメモを差し出した。

栗原が新田を指名して、すぐ部屋に来るようにと言っているという。

新田は、尚美にコルテシア東京のスタッフとして最高の仕事をしてくださいと言われ、むっとしながらも、栗原健治の部屋に向かった。

新田が部屋に行くと、栗原はパソコンが壊れたと言った。

しかも、新田がパソコンを運んでいるときに壊れたという。

16

尚美は、今夜1晩、代わりのパソコンを貸すことになり、こちらで修理業者を手配したいと言ったが、栗原は自分の信頼しているショップがあるのでそちらに持っていきたいと言っていたと総支配人の藤木に報告した。

さらに、尚美は栗原様が怒っているのは新田さんの態度が気に入らなかったからだとおっしゃっていますと付け加えた。

新田は多分、栗原とどこかで合っているんだと思いますと言った。

新田は栗原がクレームをつけてくるのは、金銭目当てではなく、自分への個人攻撃が狙いだと思っていた。

そんなとき、久我がやってきて、栗原様が新田を部屋までよこすようにとフロントに電話がありましたと伝えた。

新田は栗原のいる2210号室に向かった。

栗原はバッグから英文解釈の参考書を取り出し、これを全部夜中にこのパソコンに打ち込めと言った。

しかもこの部屋でお前1人でやれと言った。

栗原は自分の携帯電話を取り、新田に差し出して、この電話で、自分の携帯にかけろと言った。

新田が言われた通りにすると、携帯電話のバイブ音が鳴った。

そして栗原は自分の電話を取り返した。外から時々お前の携帯に電話をかけるから、俺の番号確認しておけ。ただし、すぐに切るので電話には出るな。お前はそれから30秒以内にこの部屋の電話を使って俺にかけろと言った。

新田は何のためにこんなことをするのかと聞いたが、栗原はお前を監視するためだと言って、部屋を出て行った。

その後、尚美から電話がかかってきて、事情を説明すると、私もそちらに行きますと言った。

尚美がやってきて、パソコンで英文を打ち始めた。

新田は尚美と英語に関する話をしているうちに、栗原と高校時代に会っていることを思い出した。

17

新田は尚美に、栗原とは教育実習のときに会っていると言った。

新田は帰国子女だったので英会話が得意だったことや、友人にけしかけられたこともあり、教育実習で英語の授業で英文を読んだ栗原に、その発音ではアメリカ人には伝わらないと言ったことを思い出した。

尚美は栗原がそのときの仕返しで新田に嫌がらせをしているのではないかと思った。

栗原から電話がかかってきたので、新田は抗議しようとしたが、尚美は抗議してはいけませんと言った。

新田はベッドの脇に置いてある栗原のバックの中を調べようとしたが、尚美はそれだけは絶対にいけませんと注意した。

参考書が床に落ちて、それを尚美が拾い上げようとしたときに、新田は参考書の裏表紙に「イマイ塾池袋校」と印刷したテープが貼られているのを見つけた。

新田は携帯電話で事務棟にいる本宮に電話し、栗原の職場が分かったと伝えると、本宮は係長と相談して、栗原のことを調べてみようと言い、電話を切った。

尚美は日付が変わる直前にすべての英文を入力し終えた。

その後すぐに栗原が電話をかけてきた。

栗原はすぐに帰るからそこで待っていろと言った。

本宮から電話がかかってきて、栗原は先週まで塾の講師をしていたがクビになった。その後もいろいろな塾や予備校を転々としていたが、その前は会社員で、教師の経験はないと言った。

新田は電話を切り、尚美にそれを説明した。

新田は尚美をオフィスに返した。

栗原が部屋に帰ってきて、新田に入力してある英文を声を出して読んでみろと言った。

新田がそれを読み上げると、栗原がもういいから早く出て行けと言ったので、新田は出て行こうとした。

振り返って栗原を見ると、栗原は椅子の上で膝を抱えて、膝の間に顔を埋めていた。

18

新田は仮眠室で休んでいた。

フロントの鈴木から電話がかかってきて、栗原様がこれからチェックアウトしたいので、新田さんを呼べとおっしゃっていると告げた。

新田はすぐにフロントに向かった。

栗原は英文に所々抜けているところがあると難癖をつけた。

新田は尚美と2人で確認していたので、栗原が自分で消したのだと思った。

栗原は謝れといい、新田はシステムの専門家に頼んでデータを復元したいと言った。

お互いに言い合っているうちに、栗原が新田につかみかかり、泣きながら、なんで怒らないんだ、なんで殴ってこないんだと言った。

新田は関根を呼び、栗原を落ち着かせるために応接室に案内した。

栗原は新田との教育実習の件について話した。

どんな仕事をやってもうまくいかず、これから実家の山形に帰ろうとしていて、その前に最後の贅沢をしようとホテルに泊まることにしたが、そこに教育実習のときの生徒・新田がいて、無性に怒りがこみ上げてきて困らせてやろうと思ったという。

栗原は新田に俺は何をやってもダメなんだと言った。

新田が慰めると、栗原は君がそう言うなら頑張ってみようかなと言った。

尚美が現れて、栗原の精算をした。

栗原は新田に明細書を見せた。

そこには電話の利用時刻が印字されており、この証拠残すために、新田に電話をかけさせるようにしていたのだ。

栗原は、自分から部屋に電話をかけるという方法では記録が残らず、新田が別の場所にいて、交換手につないでもらうというアリバイ工作をさせないために面倒なことをしていたのだった。

新田はそんな事は考えもしなかったので、なるほどと思った。

栗原は部屋を出て帰っていった。

尚美がまさかアリバイ工作を防止するためだったとは思わなかったと言ったとき、新田はこのホテルで起こるかもしれない事件の新たな手口を1つ思いついた。

19

夕方になり、能勢がホテルにやってきた。

新田が午前中に連絡して、ホテルに来てほしいと頼んでいたからだ。

能勢は井上浩代にあって、本多が手嶋に電話をかけたときのことを聞いたところ、明らかに不自然によく覚えていないと言っていたという。

本多にも会って聞いてみたところ、井上浩代が本多に気になるなら元カレにすぐにでも電話をかけてみたらとそそのかしたという。

井上浩代は本多の手嶋に対する未練を知っていたので、けしかければ本多は手嶋に電話すると思ったのだろうと能勢は説明した。

新田は井上浩代と手嶋は共犯者だと言ったが、能勢は、意図的に電話をかけさせたとしても、アリバイが成立しているのは事実だと言った。

本多の携帯に登録されていた番号が書き換えられていたかもしれないので、本多が出島の部屋にかけたとは限らない。同じ部屋にいた井上浩代ならできるかもしれないが、問題は残ると付け加えた。

新田は、その問題である通話記録の履歴についての考えを説明した。

手順1

井上浩代が本多の部屋に行って、携帯電話に登録されている手嶋の電話番号を別の番号に書き換える。手嶋はその番号の電話がある第1の犯行現場で待機する。そこで井上浩代は本多が手嶋に電話をかけるように誘導する。そうすれば本多は何の疑問も感じずに登録されている手島の番号に電話をかける。店の場所に待機している手嶋はその電話に出る。

手順2

本多が手嶋と電話した後に、井上浩代が事前に変更していた手嶋の電話番号を元にもどしてから、発信する。本多の携帯電話から手嶋の部屋に電話がかけられたという通話記録を残すためだ。

手順3

本多が手嶋と話したときの発信履歴を携帯から消去して完了。

これは新田が栗原健二の考えたトリックからひらめいたことだった。

能勢は本多が実際に手嶋と話したときの通話記録、井上浩代と手嶋の関係、井上浩代と野口史子、あるいは畑中和之の関係も調べてみると言って帰っていった。

20

尚美は総支配人の藤木と宿泊部長の田倉に、栗原健治にまつわる騒動について報告した。

尚美がフロントに戻ると、新田がチェックイン業務を行っていた。

新田は直実に事件解決の糸口が見つかったかもしれないと言ったが、詳しいことは教えなかった。

21

新田は午前0時過ぎに本宮から電話で会議室に来るように言われたため、事務棟に向かった。

そこで上司の稲垣は、品川で起きた岡部哲晴暗殺事件で、同僚の手嶋正樹と飲食店経営者の妻・井上浩代を重要参考人としてマークすることにしたと言った。

稲垣は新田にメール文を見せた。

それは千住新橋の事件を追っている刑事が野口鉄工所のパソコンを調べているときに出てきたものだった。

そのメールの内容は、事件の犯人が複数いて、その犯人たちが今回の犯行についての打ち合わせをしたときのものだった。

すでに野口を取り調べ、野口は大筋で犯行を認めているという。

動機は女房にかけた保険金目当ての犯行だった。

野口は闇サイトで殺し屋を雇おうとしていたが、同調者が4人で実行することになった。

5年前に野口がこのホテルで開かれたパーティーに出席していたのは単なる偶然だったようだ。

メールに書かれていたx2が野口、x1、x3、x4、は闇サイトで知り合った同調者だった。

稲垣はx4がこのホテルで犯行を計画している犯人と考えられるが、x4をおびき寄せるために他の犯人は逮捕しないと言った。

新田はもしホテルに何かあると大問題になると思った。

新田は、本宮や能勢が4つの事件の犯人が別々だということを知っていたのに、自分だけが知らされなかったことを不満に思いながら、フロントに向かった。

22

尚美と新田はフロントに立っていた。

尚美は新田に捜査状況について教えて欲しいと言ったが、新田はマスコミにも公表できる段階になったらお話ししますと言って教えなかった。

尚美と同期入社で宴会部ブライダル課の仁科理恵から尚美の携帯電話に電話がかかってきた。

ちょっと相談したいことがあるというので、尚美はブライダルのオフィスに向かった。

理恵はこのホテルで近々何か犯罪が起きるらしいという件について尚美に聞いてきた。

今度の土曜日に結婚式と披露宴を行うことになっていて、1週間ぐらい前に新婦の兄がサプライズとして、妹のタカヤマケイコに内緒でゲストを用意しており、その人の登場するタイミングを決めるのに詳しいスケジュールが知りたいと言って、式のスケジュールを確認させてほしいと言ってきた。今は担当者がいないので、電話番号を訊いてみたら、仕事中に電話をかけられると困るのでと言って電話を切ってしまったため、理恵は怪しいと感じたという。

今日、タカヤマさんが1人でホテルにやってきたので、その話をしてみたら、タカヤマさんには兄がいなかった。

事情を聞いてみると、タカヤマさんはストーカーに狙われているようだった。

理恵はストーカーがタカヤマさんの結婚式があることを知って妨害しようとしているのではないかと思った。

理恵は警察が警戒している件と何か関係があるのではないかと課長が言っていたので、尚美に意見を聞いておきたいと思って呼び出したと説明した。

尚美は関係があるかどうかは私にはわからないが、今すぐ総支配人と宴会部長に連絡すべきで、私は自分の判断で刑事さんに話すと言った。

23

稲垣は管理官の尾崎と10数名の捜査員がいる会議室で、問題となっている結婚式と披露宴の概要を説明した。

今回のストーカーが、我々が追っているx4という証拠は何もないし、捜査について部外者に漏らす事は絶対に許されないので、両家と両家の関係者には極秘で警備を行うと言った。

急遽刑事が集められたのは、今回のストーカー騒動が怪しいと思われたからだった。

稲垣は、当日の警備についてはそのストーカーがx4であることを前提に準備を進める。ストーカーがx4であった場合は、誰かを殺そうとしていることになり、そのターゲットは新婦の高山佳子山である可能性が最も高いが、新郎を狙っていることも考えられるので、新郎新婦が2人きりか、それぞれが一人きりになるのを明確にした上で、警備を行うと説明した。

稲垣は新田に当日はフロントにいるよう指示した。

新田は、ついに本命の容疑者が現れそうなのに、肝心の警備から外されたことで不満が膨らんだ。

モヤモヤしたままフロントに戻ると尚美の姿がなかった。

若いフロントクラークから、尚美が何か調べ物をしてから帰るということを聞き、新田は尚美のいる事務棟に引き返した。

事務棟に行くと、そこで尚美は東京都の路線図を調べていると言った。

尚美は高山佳子の略歴から、行動範囲を推定しようとした。

その結果、尚美は高山佳子さんとストーカーが出会った場所は新宿西口あたりということになると言った。

しかし、新田は申し訳ないけどそんな風には思えない。捜査については俺たちプロに任せてくださいと言った。

24

能勢がロビーに現れ、新田に相談したいことがあると言った。

新田は能勢の話を聞くために2人でブライダルコーナーに向かった。

能勢は品川の事件について報告したいことがあるという。

x1が使っていた埼玉のインターネットカフェを、手嶋が何度か利用していたという証言が得られた。x3、x4もインターネットカフェを利用していて、自宅のパソコンを使っていたのはx2の野口靖彦だけだった。x4はx2が自宅のパソコンを使っていることを知っていて、わざとそれを止めるよう指示しなかったのではないかと思う。その方がx4にとって何か都合の良いことがあるのではないだろうか。

能勢は新田にこの問題に我々だけで取り組んでいきませんかと言って、帰っていった。

新田が歩き出すと、エスカレーターで1人の女性が上がってきた。

名札に仁科と書かれてあったので、仁科理恵とわかった。

新田は仁科理恵から高山が2時にホテルに来るということを聞いてからエスカレーターに向かった。

25

尚美は能勢がエレベーターで降りてきたところで、新田さんのことでお尋ねしたいことがあると言った。

尚美が新田さんに何かあったのでしょうかと聞くと、能勢は、新田は捜査が進んでいて事件が解決しても自分の手柄にならないので不本意に感じているようだと言った。

尚美は心配して損したと言ったが、能勢は新田の優れた能力を生かすには、周りの人間のサポートが必要なので、あなたにその役目をお願いしたいと尚美に言った。

26

新田は2時前になって1人の若い女性が2階に上がるのを見かけた。

それはおそらく高山佳子だろうと思った。

新田は従業員用の階段で2階に上がった。

ブライダルコーナーに入ってドアをノックしようとすると、本宮に襟首を引っ張られた。

本宮は新田にフロントに戻って見張っていろと言った。

新田は本来の捜査から取り残され、貧乏くじを引かされたと思いながらフロントに戻った。

そこで山岸尚美が話したいことがあるというので、一緒に事務所に向かった。

尚美は5年前にホテルで開かれた自動車部品メーカーが主催したパーティーの招待状のリストが捜査の役にたつのではないかと思い、新田に見せた。

新田は野口がこのパーティーに出席していたことはとっくにつかんでいると言った。

話しているうちに、新田は野口が犯人であることを尚美に話してしまい、尚美は犯人が分かっているなら、なぜまだ捜査が続いているのかと新田に問うた。

27

新田は宴会場にある専用の厨房で、山岸尚美と向かい合った。

そして今回の事件の構造について、すべてを山岸尚美に説明した。

尚美は警察がx4を逮捕するために、わざとこのホテルで人殺しをさせようとしているのではないかと新田に問うた。

新田は犯行を未然に防ぐと言ったが、尚美は総支配人に今の話をすると言った。

新田は捜査が全て台無しになってしまうので、高山佳子さんの結婚式が行われる土曜日まで待って欲しいと頼んだ。

尚美は土曜日まで待つと言ったが、もしそれまでに何かあったら、私はホテルを辞めると言い、新田も警察官を辞めると言った。

28

ニット帽をかぶり、サングラスをかけた男がホテルに入ってきて、フロントから離れたソファーに座った。

尚美はその男を怪しいと感じた。

それから間もなくして、20代半ばくらいの1人の女性が入ってきた。

その女性は森川寛子という名前で予約を入れていた。

森川寛子は2025号室を割り当てられ、1人で部屋に向かった。

尚美は森川寛子がエレベーターへ向かうときに、男が明らかに彼女のことを意識していると感じた。

森川寛子がエレベーターに乗ろうとしたときに男が動いたので、尚美は素早く男の腕を両手で掴んだ。

しかし、森川寛子は離してやってください。その人はあたしの連れですと言った。

男が離せと言ってサングラスをかけ直したときに、尚美はその人物がテレビによく出ている妻帯者の政治評論家だと気づいた。

尚美は申し訳ございませんでした、と2人に謝った。

尚美は、総支配人室に行き、テレビに出ている有名な政治評論家が若い女性とホテルで密会しているのをバレないようにして行動していたのではないかと藤木に報告した。

尚美は、あの後もう1度森川寛子達の部屋に行って謝罪し、部屋代を無料する事で和解した。

尚美は総支配人室を出て、事務棟に向かった。

尚美は事件のことを過剰に意識しすぎた事でミスをしたことを自覚していた。

事務棟に新田がやってきて、ホテルには本当に色々な人が来るものですねと尚美に言った。

尚美はかつて先輩からホテルに来る人々はお客様という仮面をかぶっており、仮面舞踏会を楽しむためにホテルに来ておられるのだということを教わったと新田に話した。

さらに、有名人のアバンチュールには、もっと複雑な方法が使われていることを話した。例えば男性だけで、有名な人とそのお供の人たちが一緒にチェックインし、それとは全く別に女性が1人でチェックインすると、その女性は男性のグループとは何の関係もないように見えるが、夜になるとその女性が有名人の部屋に行くという方法がある。

新田はそれを聞いて事件解決のヒントを得た。

新田は尚美に、あなたのおかげで謎が解けたかもしれないと言って部屋を出て行った。

29

能勢がやってきたので、新田は2人でホテルの地下1階にあるバーに向かった。

新田はx4の計画で犯行手段を統一しておかなかったのが納得できないと言った。

すべてを同一犯による連続殺人事件に見せかけたければ、殺害方法もそろえたほうがいいと考えるはずだと考えた。

つまり重要なのは警察が4つの殺人事件をセットにして考えるよう誘導することで、警察に同一犯による連続殺人事件だと思われなくてもいいと思っているのではないかと能勢に言った。

能勢は事件の構造が警察に知られてしまうと、x4にとっては何のメリットもないのではないかと言った。

それに対し、新田はx4が他にも殺害計画を持っていれば、2つの事件を結びつけて捜査を行えばx4が容疑者だとばれてしまうが、むしろ2つの事件を結びつけずに、そのうちの1つだけを最初に起きた3つの事件と結びつけた方がバレないと考えられると説明した。

能勢はその仮説が当たっているとすると、x4は別の殺人計画を持っていて、既にその犯行が実施されている可能性もあり得るので、今夜から動いてみると言った。

新田は、最近都内あるいは近郊で起きた殺人事件のうち、容疑者がまだ特定できていない事件で、x4自身か、被害者か、あるいは双方がこのホテルと何らかの関わりがある事件について調べる必要があると言った。

能勢は明日の夜までには何か見つけておきますと言って帰って行った。

30

尚美と新田はチェックアウト業務が1段落した頃に、久我に一緒に総支配人室に行ってくださいと言われ、3人で総支配人室に向かった。

そこで、稲垣が新たな問題が発生したと言った。

明日の新郎の渡辺が結婚式当日だけでなく前日もホテルに泊まると言い出したという。

稲垣は新田に、2人が部屋にいる間はどうしようもないので、定期的に2人の安否を確認するよう指示した。

新田と尚美はフロントに戻り通常の業務をこなした。

ベルキャプテンの杉下がフロントにやってきて、新田に中身がワインとなっている宅配便が送られてきたと報告してきた。

その宅配便の荷物はワインボトルが1本だけ入っているような包みで、氏名欄には渡辺紀之と高山佳子の名前が書き込んであり、送り主は北川敦美、住所は東京都吉祥寺と書かれてあり、電話番号は書かれていなかった。

新田は包み紙がデパートのものなのに、宅配便の伝票がデパートのものではないことを不審に思った。

そこで新田はブライダルの仁科に確認することにした。

新田の指示で、仁科理恵が高山に電話で報告すると、高山は自分で北川に確認するといった。

しばらくして高山から電話があり、高山が北川に電話で確認したところ、そんな荷物は送っていないと言っていると報告した。

新田はその宅配便がワインではないかもしれないので鑑識にX線で中身を確認してもらうと言った。

31

午後5時を過ぎた頃、尚美は正面玄関から高山佳子が新郎の渡辺紀之と思われる男性と腕を組んで入ってくるところを見かけた。

2人はブライダルのポスターを眺めてから、フロントにやってきた。

宿泊票への記入を終え、2人は部屋に入って行った。

しばらくして高山達は夕食に出て行った。

新田は尚美に、鑑識から中間報告が届き、例のワインは爆発物ではなかったが、瓶の口についているカバーと、中のコルク栓に、針で貫通させた形跡があったと伝えた。

新田は何らかの薬剤を混入させた可能性があると言った。

32

午後10時、新田、稲垣、尾崎達は事務棟の会議室にいた。

稲垣は宅配便を預かった店が高円寺駅のそばにあるコンビニで、昨日の午後2時ごろ若い男によって持ち込まれたことがわかったと伝えた。

指紋等が見つからず、現時点ではワインからは何の手がかりも得られていなかった。

本宮は数週間前に結婚式と披露宴の大まかな見積もり金額を記入した書類が高山さんのもとに郵送されているので、犯人が高山さん達が今夜宿泊することを知っていたと思われると報告した。

新田が進行表のようなものを一緒に送ったかと質問したので、本宮が確認を取ったところ、進行表も同封していたそうだと答えた。

そんな質問をしたのは、郵便物の中に進行表がはいっていたら、犯人はブライダルコーナーに結婚式や披露宴の詳しいスケジュールを聞き出すため電話をかける必要はなかったはずだと思ったからだった。

しかし、11時ごろに新田が事務棟を出る頃になっても、結局その疑問は解消できなかった。

フロントに戻ると、能勢がやってきたので2人は事件に関する話をするためにブライダルコーナーに向かった。

能勢は都内で3ヶ月以内に起きた未解決の殺人事件を調べたところ、1ヵ月ほど前に松岡高志という24歳の男性モデルが自宅で亡くなっていたのを同棲中の女性が発見した事件で、被害者の右の足首に注射の痕があったのを怪しいと思い、被害者と同棲していた女性に会ってみたと言った。

その女性の名前は高取清香といい、都内の設計事務所に勤めているデザイナーだった。

松岡さんが高取さんと同棲する前に松岡さんは友人の家で居候していたので、その友人に会ってみたところ、その人は松岡さんと名古屋の大学で一緒だったそうで、1ヵ月以上も居座られてお金がないのかと思っていたら、高級ホテルの領収書を見つけて銀行預金があることがわかり、家賃の半月分を出させたという。

松岡さんはその高級ホテルがホテル・コルテシア東京だと明言した。

松岡さんは上京の記念に1日だけ高級ホテルに泊まりたかったのだと言い訳したそうだ。

能勢はなぜ松岡さんがホテル・コルテシア東京に泊まろうとしたのか、どんな人物だったのかも確かめておきたいので、明日、名古屋に行ってくると言った。

新田は能勢を正面玄関から見送った。

33

尚美はフロントに立っていた。

そこに新田がやってきて、昨年の11月17日と18日に何らかのトラブルがなかったか調べてほしいと頼んだ。

尚美がパソコンで調べてみると、その日は何もしていなかった。

新田はワインについてはx4とは関係がないのではないかと言った。

その理由として、ワインを飲んで高山佳子たちが死んだとしても、それが朝か夜かは犯人にはわからないので、暗号のような数字を残そうとしても残せないため、もし1日違っていれば、経度の差が大きくなると、能勢が推理した内容を説明した。

新田は尚美からワインがx4の犯行ではないとしたらどうするのかと問われ、たとえそれがx4ではなくても人の命を狙っていれば、それを阻止するのが俺達の役目だと答えた。

34

新田がチェックアウト業務を終えたとき、能勢から電話がかかってきた。

今は名古屋にいて、松岡高志の実家を訪ねてきたばかりだという。

母親によると、松岡さんは学生時代から小さな劇団に所属しており、大学卒業後も就職せずにバイトをしながら芝居を続けていたが、去年の秋に急に上京すると言い出したらしい。

事件についても心当たりがないと言っていた。

このホテルについて松岡さんが泊まった理由については、松岡さんが受験生の頃、東京の代役を受験するときにこのホテルを利用しており、常日頃からこのホテルは素晴らしいと言っていたからだという。

能勢は、これだけでは事件とのつながりが分からないので、これから松岡さんの芝居仲間に会ってくると言って電話を切った。

新田はその後も通常のフロント業務を行っていたが、午後2時半ごろにイヤホンから高山佳子と渡辺紀之が写真室に向かったという内容を聞いた。

しばらくして、高山佳子達が写真室で撮影に入ったという連絡が入った。

午後3時半になろうかという頃に、子供のように小さく、華奢で、猫背気味で、色白で、ひ弱な、どう見ても場違いな感じの男が紙袋を持ち、地下からエスカレーターに乗って上がってきた。

しかし、その表情には迫力があり、釣り上がり気味の狂気めいた目つきをしていた。

その男は近くのソファーに座った。

しばらくして別の男性客が新田のところにやってきてチェックインを済ませた。

その男性客を見送った後、さっきやってきた怪しい小柄の男が座っていた方を見ると、すでにその男はいなくなっていた。

どうやらその男は立ち去ったようだった。

新田に結婚式が始まったという連絡が無線に入ってきた。

その後20分位してから、結婚式が終わったという知らせが入ってきた。

尚美は新田に、あそこに座っている女性が気になると言った。

その女は黒い帽子をかぶってソファーに座っていた。

尚美はその女性の帽子や動きを不自然に感じた。

新田はその女の顔を見て、直実にあれは男だと言った。

その男はさっき地下から上がってきた、紙袋を持った怪しい男だった。

紙袋の中に女装用の衣装を入れていたようだ。

男が立ち上がってエスカレーターに乗ったので、新田も後を追ってエスカレーターに乗った。

その男は2階に到着すると、そこから階段を登り始めた。

新田はトランシーバーを使って、稲垣に女装した不審な男を発見したと伝えた。

新田がエスカレーターに乗ろうとしたときに、不審者が女性用のトイレに入ったという情報が無線に入ってきた。

さらに稲垣が真淵という女性の捜査員にトイレに入らせて職質をさせろと言っていた。

次の瞬間、逃げたという声が無線から聞こえてきた。

新田はすぐに現場に向かった。

新田は男を発見し、タックルして捕まえた。

男は、ネットで知り合った男に、花嫁に手紙を渡してくれたらお金を払うと言われて頼まれただけだと言った。

その手紙には次の2つの数字が書かれていた。

46.609755
144.745043

新田は、おびえながら話す男の目を見て、この男はx4ではないと判断した。

新田がエスカレーターに乗ろうとしたときに、能勢からメールが送られてきた。

そのメールには松岡さんが所属していた劇団のポスターが写っており、そこに気になる女が1人写っていたので、新田は能勢に電話をかけた。

そして、その女性の名前や素性を調べて欲しいと言って電話を切った。

新田は山岸尚美がいなかったので久我に居場所を聞くと、先日もいらっしゃった片桐瑤子様を案内していると言った。

通常はフロントクラークが客を案内することはないので、新田は不審に思った。

35

尚美はドアを開けて片桐瑤子と部屋に入った。

片桐瑤子は昨夜ホテルに連絡を入れていた。

明日主人が泊まることになっているが目が不自由なのでその前に私が1度部屋を確かめておきたいとホテルの従業員に伝えていた。

午後4時半を過ぎて、片桐瑤子がホテルにやってきた。

片桐瑤子はベッドの脇に立って目を閉じ、深呼吸をしてから目を開け、直実にここに立ってみてと言った。

尚美は霊能力者が霊感をチェックするために必要なのだと思い、指示に従ってベッドの脇に立った。

すると突然足首にベルトを締め付けられ、胸を突かれた。

尚美は抵抗したが、うつぶせにされ、手を後ろに回されて金属のようなもので両手首を繋がれた。

片桐瑤子は尚美に騒ぐなと言った。

尚美が相手の顔をよく見ると、老婦人ではなく、若くて、以前どこかで会ったことがある人物だった。

36

新田が尚美に電話をかけたが、つながらなかった。

久我が山岸尚美は片桐瑤子のために5つの部屋を用意していたと言うので、その番号を紙にメモしてもらった。

そこに能勢から電話がかかってきて、例の女性の名前はナガクラマキ、30歳で、松岡さんと同じ劇団に所属していたが、昨年末に突然退団しており、地元の国立大学の薬学部を卒業してから動物病院で働いていた経験があると伝えた。

新田は電話を切った。

新田はその女がなぜ山岸尚美を嫌っているのかと疑問に思った。

37

尚美は両足をベルトで縛られ、口にガムテープを貼られ、後ろ手で手錠をかけられていた。

女は、尚美が自分の顔に見覚えがないと言うので、2人の男女が写っている1枚の写真を見せた。

尚美は、1年前に、さっきニューヨークから帰国したばかりで、このホテルに遠距離恋愛している恋人が泊まっているので、突然現れて驚かせたいので部屋を教えて欲しいと言ってきた女性がいたことを思い出した。

そのときの若い男が松岡高志だったのだ。

女は、彼は私のお腹の子供の父親で、男としての責任を取ってもらわなければいけないので、どうしても彼に会う必要があったと言った。

38

新田は最初の部屋のドアを開けて中に入ったが、人気がなかったので、すぐに家を出て別の部屋に向かった。

新田はまだ何も事件が起きていなければ、山岸尚美が携帯電話の電源を切るはずがないので、彼女はどこかの部屋にいて、何か事件に巻き込まれている可能性があると思った。

39

女は妊娠して4ヶ月に入りかけていた頃に、彼が劇団を辞めて、逃げ出した。しかし、彼には劇団のオーディションが迫っていて、その時に彼が普段からよく話していたホテル・コルテシア東京に泊まると思ったと言った。

尚美に追い返されてからホテルの外で一晩を明かし、彼が現れたので、全力で彼にかけよろうとしたが、急に体が苦しくなって気を失い、そのまま病院に運ばれ、流産してしまった。

それで女は男と尚美に恨みを持ち、2人を殺してやろうと思ったという。

女はプラスチック製の容器から注射器を出し、人を殺すとしたら薬を使うことしか思い付かないと言って尚美に近寄ってきた。

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新田は3つの部屋に入ったが、誰もいなかった。

次の部屋に向かい、ドアをノックしたが返事がなかった。

部屋を開け、部屋の窓際まで進んだが誰もいなかった。

新田は戻ってドアを開け、部屋の外に足を踏み出した。

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尚美はドアが開いたときに新田がやってきたのではないかと期待したが、ドアが閉まる音を聞いて、絶望的な気持ちになった。

女は、警察は今頃私が仕組んだストーカーに張り付いているので、今のは多分警察ではないと言った。

女は尚美の髪の毛を鷲掴みにし、注射針を刺そうとした。

尚美は注射針が体に触れるのを感じた。

その時、新田がやってきて、女を床に倒し、腕をねじあげた。

女は悲鳴をあげたが、新田は手錠を取り出して、逮捕した。

新田は部屋を出て行ったように見せかけて、ドアを開閉しただけだったのだ。

ベッドが乱れていたことに気づき、においで尚美の気配を感じたのだった。

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長倉麻貴が逮捕され、関連する事件が次々に動き始めた。

1つ目の事件の野口史子殺害事件では、夫の野口靖彦に逮捕状が出され、2つ目の岡部哲晴殺害事件では、会社の同僚の手嶋正樹と、岡部と不倫していた井上浩代から自供を引き出した。

3つ目の高校教師の畑中和之が殺された事件では、畑中が教えていた高校の男子生徒が警察に出頭してきた。

自分がいじめで苦しんでいるときに、学校側がそのことに全く気づかず、何もしてくれなかったので、ネットで知り合ったx4達の計画に乗り、畑中を殺したのだった。

長倉麻貴は黙秘を続けていたが、物的証拠が揃い、現行犯であったことや、女装した男が持っていた手紙に書かれていた数字についても、緯度と経度が1つ目の品川の事件現場を示していたので、長倉麻貴の正体がx4であると断定されるのは時間の問題だった。

管理官の尾崎は捜査会議で事件解決を宣言した。

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尚美は総支配人室に向かった。

中には藤木と田倉がいた。

尚美は今回の事件の構造について知っていたのに、それを隠していたことを総支配人たちに謝った。

しかし、藤木と田倉も今回の事件の構造について知っていたと知らされ、尚美はホテルで仮面をかぶっているのはお客だけではないのだと思った。

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総支配人の藤木の指示で、尚美は新田と能勢をホテルの食事に招待した。

藤木は2人に気を使わせるのが悪いと思い、来なかった。

3人は最上階のフレンチレストランに入った。

そこで突然、能勢に電話がかかってきた。

娘が彼氏を家に連れてきて、そちらの方が気になると言って、申し訳なさそうに帰っていった。

新田は、藤木が来ないと分かった瞬間に、能勢が自分と尚美に気を遣って帰ると決めたのだと思った。

新田と尚美はシャンパンの入ったグラスを持ち上げて乾杯した。