ここではアロハシャツが大好きでハワイに移住してしまった木内九州生(きうちくすお)さんに注目します。

木内九州生さんは、アロハシャツ業界の中でも特にヴィンテージや復刻ものについては、業界でも1番といわれるほどの有名人です。

アロハに絡んだCMに出演したこともあり、桑田佳祐さんも木内九州生さんがオーナーを務めるお店の常連だそうです。

また、映画「フットルース」で知られるケニー・ロギンスさんや、山口智充さんも着ているそうです。

そんなアロハシャツの第一人者、木内九州生さんについて調べてみました。

木内九州生(きうちくすお)とは

本名:木内九州生(きうち くすお)

生年:1964年7月3日

出身地:東京都荻窪

現住所:ハワイ

職業:アロハシャツ専門店「コナ・ベイ・ハワイ」オーナー

アロハシャツの名店「コナベイハワイ」オーナーで、1964年7月3日 、東京荻窪生まれの木内さんは、高校卒業後、2週間のハワイ旅行での体験で、アロハシャツについて大きな影響を受けます。

その後、日本ケンタッキーフライドチキンやアメリカのエイチ・アイ・エスでサラリーマンをしていましたが、疑問を感じてサラリーマン人生に終止符を打ちました。

そして、1999年 にハワイに移り住み、2001年9月にアロハシャツの「コナベイハワイ」を設立しました。

さらに、2012年にはワイキキにコナベイハワイストアをオープンしました。

アロハシャツの起源とは

アロハシャツといえば、ハワイを連想する方が多いかもしれません。

アロハシャツの起源についてはいくつかの説がありますが、20世紀初頭にハワイへ移住した日本人がアロハシャツの原型となるシャツを着ていたといわれています。

当時ハワイに移民した日本人の大半は、さとうきび畑や製糖工場の労働者で、サトウキビ畑の労働者の約70%が日本人だったといわれています。

当時、ハワイではパラカと呼ばれるシャツを着る人が多く、日本の木綿絣に似ているため、多くの日本人労働者が好んで着ていました。

貧しかった日本人の中には、持っていた着物をリメイクし、パカラ風のシャツに仕立てたり、子ども用のシャツを仕立てて、それが現地の人の目に入って広まり、アロハシャツの原型になったと言われています。

木内九州生さんがアロハシャツ好きになったきっかけ

木内さんが、アロハシャツ好きになったのは、1980年頃に「水曜ロードショー」で放送された映画「ビッグウエンズデー」に影響を受けたからだそうです。

ビッグウエンズデーとは、水曜日にやってくる伝説の大波に挑戦するという映画です。

当時、高校生だった木内さんは、ビッグウエンズデーを見て感動し、主役のジャン・マイケル・ビンセントとウィリアム・カットが着ていたビンテージのアロハシャツに憧れたそうです。

その後、ビッグウエンズデーがハワイで撮影されていたことを知った木内さんは、1983年に叔母と一緒にハワイに行き、アロハシャツの魅力に取り付かれていったようです。

アロハシャツの専門店「コナベイハワイ」とは

コナベイハワイは、ハワイ島コナで2001年に誕生しました。

ハワイのアロハシャツのクオリティが低かったことがきっかけだそうです。

もともとアロハシャツは、日本人の手で一生懸命に作られていたものでした。

1930~1950年代くらいのものが、とても品質がよかったそうです。

そこで、最近の粗悪品が増えていた現状を憂い、日本で本格的に抜染のプリントをして、それをハワイで縫製し、品質の良かった時代のものを現代に蘇らせようと思ったそうです。

木内さんは、品質が良かった当時のアロハシャツに近いアロハシャツをつくっていらっしゃいます。

今ではハワイのメーカーでもっとも品質が良いメーカーといわれるまでに成長しました。

コナベイハワイとは、サザンの桑田さんやケニーロギンスなども愛用しているアロハシャツのメジャーブランドなのです。

おわりに

アロハシャツは、ハワイに移住した日本人によって繁栄しました。

ハワイで年々品質が劣化していったため、それを改善するために木内さんが立ち上げたのがコナベイハワイです。

日本の高度な技術を駆使して、今ではハワイのアロハシャツの中で最も品質の良いメーカーになりました。

そんな一流のブランドを作り上げた木内さんのアロハシャツへの愛と情熱は並々ならぬものがあります。

今後のさらなる活躍が楽しみですね。